さよならカレー
卒業式のあと、三年三組は給食室へ忍び込んだ。
正確には、忍び込んだつもりだった。扉を開けると、調理員たちが待ち構えていて、大鍋の蓋を一斉に開けた。
湯気の向こうに、黄色いカレーが現れた。
「最後の給食、食べそこねたでしょ」
雪で休校になり、予定されていた卒業祝いカレーは中止になっていた。調理員たちは卒業式の日に作り直してくれたのだ。
梨々花は教室へ鍋を運び、いつもの席に座った。隣には柊平。小学校から九年間、給食の席はだいたい近かった。
梨々花は、カレーの中のにんじんが嫌いだった。
星形でも花形でも嫌いだった。見つけるたび、柊平の皿へこっそり移した。代わりに柊平は、嫌いなグリーンピースを梨々花へ渡した。
卒業式の日のカレーにも、大きなにんじんが三つ入っていた。
梨々花は一本をスプーンに乗せ、いつものように柊平の皿へ運ぼうとした。
けれど、途中で止めた。
四月から、柊平は北海道へ行く。梨々花は地元に残る。次に一緒に給食を食べる日は、もうない。
「何」と柊平が訊いた。
「別に」
「早くよこせ」
「今日は食べる」
「無理するなよ。卒業式で倒れるぞ」
「もう終わったから倒れてもいい」
梨々花はにんじんを口へ入れた。
甘い。やわらかい。嫌いな味は、思っていたより普通だった。
「どう?」
「やっぱり嫌い」
「じゃあくれ」
「でも食べられる」
柊平の皿には、グリーンピースが五粒残っていた。彼も黙って一粒食べ、ものすごく嫌そうな顔をした。
「どう?」
「無理」
「子ども」
「お前に言われたくない」
二人で笑った。
教室中にスプーンの音が響き、黒板の卒業メッセージが湯気で少し曇った。誰かがおかわりを叫び、調理員が「最後なんだから鍋ごと食べな」と返した。
梨々花は残りのにんじんを一つ、柊平の皿へ移した。
「食べられるんじゃなかった?」
「食べられる。でも、全部食べたら今日で終わる気がする」
「じゃあ一個、預かる」
柊平は代わりにグリーンピースを一粒、梨々花の皿へ置いた。
「返すの、夏休みでいい?」
「腐るよ」
「じゃあ別のやつ」
卒業式の記憶には、花の匂いより先にカレーの匂いがある。
そして梨々花は今でも、にんじんを食べるたび、最後まで交換しきれなかった一皿を思い出す。