ひとり焼肉、網の真ん中

 有馬崎道隆は、焼肉へ行くといつも焼く係だった。

 家族がまだ一緒に暮らしていた頃は、肉を網へ並べ、焦げる前に裏返し、子どもの皿へ分けた。自分が食べるころには、網の端に硬くなった一枚が残っていることが多かった。

 子どもたちが独立し、妻を見送って三年。

 道隆は休日の昼、近所に一人用の焼肉店ができたと聞いて入ってみた。

 席は仕切られ、網も一人に一枚。

 注文したのは、カルビ、薄切りのロース、玉葱。それぞれ少量ずつだった。

 最初の一枚を網の中央へ置く。

 脂が落ち、炭へ当たって小さく火が上がった。

 道隆は反射的に次の肉を載せようとして、箸を止めた。

 誰も待っていない。一枚が焼けるまで、一枚だけ見ていればよい。

 表面へ肉汁が浮き、端の色が変わる。裏返すと、香ばしい煙が立った。

 たれをつけ、ごはんへ載せて食べる。

 熱く、柔らかく、脂が甘い。

「こんな味だったか」

 小さく呟く。

 家族と食べた時間が嫌だったわけではない。ただ、自分の焼き加減を選ぶ機会が少なかったのだ。

 二枚目はよく焼き、三枚目は少し赤さを残した。

 たれは最初の一枚だけ。次は塩、三枚目は何もつけずに食べた。同じ肉でも、選び方を変えると別の一口になる。ごはんの量も誰かへ遠慮せず、自分の腹に合わせて半分だけ追加した。

 玉葱は端へ置き、ゆっくり甘くなるのを待つ。店内には換気扇の音と、隣の席から聞こえる皿の音だけ。会話がないので、肉の焼ける音がよく聞こえた。

 追加で、妻が好きだった冷麺を頼もうか迷った。

 今日は自分の休日だと思い、代わりに小さな杏仁豆腐を選んだ。妻なら「焼肉の後は冷麺」と言っただろう。そう思うと少し笑えた。

 食べ終わると、網の中央には脂の焦げた跡が残った。

 店員が「ゆっくりできましたか」と訊く。

「ええ。一枚ずつ」

 道隆は答えた。

 外へ出ると、冬の風が服についた煙を揺らした。

 口の中には杏仁の淡い甘さ、コートには炭とたれの香りが残っている。

 家族の思い出を忘れずに、自分の分だけ焼く休日もあってよい。

 道隆は商店街を急がず歩き、今度は一人鍋の店も覗いてみようと思った。