ひとり用の折り畳み傘

「一人で入れるから、大丈夫」

丹生希和は、雨が降るたび出海慧介へそう言った。

鞄に入れているのは、手のひらほどに畳める軽い傘。開いても肩がようやく隠れる大きさしかない。それでも誰かに頼らず歩けることが、今の希和には大切だった。

半年前、長く付き合った恋人と別れた。新しい部屋の家具も、休日の過ごし方も、今度は全部自分で選び直した。相手に合わせて部屋も仕事も選んだ末、残ったのは「一人では何も決められない」という言葉だった。だから友人の慧介が迎えに来ても、荷物を持とうとしても、希和は笑って断った。

六月の夜、駅を出ると横殴りの雨だった。

希和が小さな傘を開く隣で、慧介は傘を持っていなかった。

「忘れたの?」

「天気予報、外れた」

「コンビニで買って」

「売り切れだって」

仕方なく、慧介が傘の下へ肩を入れる。二人で入れば、ほとんど役に立たない。数分で慧介の背中も、希和の袖も濡れた。

「だから一人用だって言ったのに」

「一人で帰らせるよりいい」

慧介は傘を持つ希和の手へ自分の手を重ね、風に持っていかれないよう支えた。駅から家までの十分が、いつもよりずっと短く感じた。

翌週、慧介に呼び出されて雑貨店へ行くと、傘売り場に大きな紺色の傘が一本取り置きされていた。持ち手には小さな札があり、《希和・慧介》と書かれている。

「勝手に連名にしないで」

「嫌なら消す」

「消すとは言ってない」

希和は札を裏返す。次の土曜の日付と、紫陽花園の入場時刻が書かれていた。天気予報は雨だった。

慧介が傘を差し出す。希和は柄ではなく、彼の手を先に取った。自分の指でしっかりつなぎ、その上から二人で傘を持つ。

「希和」

名前で呼ばれても、もう支配される気はしなかった。自分で選んだ手だからだ。

「次から、この傘を使う?」

「うん。でも一人では使わない」

一人で入れるから大丈夫、という言葉は、誰も必要としないという意味ではなかった。

自分の足で立ったまま、隣にいてほしい人を選べる。その雨の日、ひとり用の傘を閉じたことで、希和は初めてそれを知った。