ほどけたリボンの行方
蜂谷瑞季は、友人が開いたダンススタジオの受付で、髪を結ぶリボンを渡された。無料体験の案内を三度断り、開店祝いの花だけ置いて帰るつもりだった。けれど受付表には、友人の字で瑞季の名前が薄く仮記入されていた。紺色の布に指が触れた瞬間、高校のチアダンス部で使っていた同じ色のリボンを思い出した。
最後の大会、瑞季は足首を痛め、客席へも行けず、舞台にも立てなかった。衣装のまま袖に座り、仲間の髪へリボンを結ぶ係になった。
五、六、七、八。
曲が始まる前、全員の背中を数えた。結び目がゆるくないか、一人ずつ引く。自分の髪だけは下ろしたままだった。鏡の中で、十二人の衣装の間に私服の自分が混じって見えた。
本番直前、センターのリボンがほどけた。瑞季は予備を探したが、箱は空だった。迷った末、自分用のリボンを手首から外し、彼女の髪へ結んだ。
「これ、最後の一本じゃない?」
「踊る人がつけた方がいい」
言った途端、胸の奥が痛んだ。踊らない自分は、もう部員ではないような気がした。
音楽が始まる。瑞季は袖でカウントを取り続けた。スピーカーの低音が胸骨へ響き、床を蹴る十二人の音が一つになった。袖幕の隙間から見える客席は暗く、自分の顔だけが鏡に残っていた。回転、跳躍、隊形移動。仲間の足音が床から伝わるたび、身体が勝手に動きそうになった。最後のポーズで紺のリボンが大きく揺れ、照明の中で一本の線を描いた。
終演後、センターは汗で湿ったリボンを返した。布には照明の熱と整髪料の甘い匂いが残っていた。結び目が固く、二人で爪を差し込んでもほどけなかった。
「このままでいいよ」
瑞季は結び目ごと持ち帰った。
それから踊る場所へ近づかなかった。怪我は治ったのに、あの日の自分より下手になった姿を見たくなかった。
現在、受付の友人が初心者クラスの名簿を差し出す。瑞季は新しい紺のリボンを髪へ結んだ。鏡の前で形を整え、一度ほどいて、今の長さに結び直す。
五、六、七、八。
昔と同じ数のあとに、知らない振り付けが始まった。