やさしい声の再生

遥臣が忘れないよう、私は自分の声を録音した。

〈今日は木曜日です〉

〈薬は朝に飲みました〉

〈娘の夏槻は忙しく、しばらく来ません〉

認知症の夫は同じ質問を繰り返す。毎回答えるより、落ち着いた声を何度でも聞かせるほうが互いに優しい。枕元のスピーカーは、夜中も一時間ごとに再生される。遥臣が眠れない夜は音量を一段上げた。反論する声が消えるまで同じ文を流すと、朝には穏やかになった。私はそれを、混乱した記憶が整った証拠だと思った。夏槻の写真は刺激になるので伏せていた。父の日に届いたカードも、思い出して不安にならないよう、私が読まずにしまった。

夏槻が面会した日は、録音を作り直した。遥臣は刺激を受けると昔の家族へ戻ったつもりになるからだ。面会後には〈夏槻はお金を借りに来ただけです〉を追加した。事実と違っても、期待して傷つくのを防ぐためだった。

妙なのは、遥臣が娘を責める時、私の録音と同じところで息を継ぐことだった。夏槻はそう言ったが、私は病気の模倣だと説明した。

家の名義変更を相談する日、司法書士は遥臣へ「なぜ妻に贈るのですか」と尋ねた。遥臣は答えられず、スピーカーのほうを見た。私は再生ボタンを押した。

〈この家は静葉に任せると決めました〉

遥臣は「そうだった」とうなずいた。

夏槻が電源を抜くと、部屋が静かになった。彼女はスピーカーの履歴を印刷していた。私の文は一晩に八回流れ、娘の留守電はすべて自動再生から外されていた。遥臣が「夏槻に会いたい」と言った録音だけは、私が削除していた。

私は夫を不安から守った。娘は来たり来なかったりするが、私は毎日いる。誰を信じるべきか、遥臣に教えるのも介護だと思う。

司法書士は手続きを中止し、医師へ判断能力の再評価を求めた。夏槻は父を短期入所へ連れていった。

誰もいない寝室で、時刻どおりスピーカーが再生された。

〈この家は静葉に任せると決めました〉

録音が終わる前に、私はいつもの遥臣の声で「そうだった」と答えてみた。