カウンターの鉢植え
喫茶店のカウンターに、弱った小さな鉢植えがあった。
葉は三枚しかなく、どれも縁が茶色い。客の匠海は来店するたび、水をやりすぎだ、窓辺へ移すべきだと気になった。園芸店で働いているせいで、見過ごせない。
「これ、根腐れしてますよ」
三度目にとうとう言うと、店主の和泉は困ったように笑った。
「やっぱり?」
鉢から抜けば、土は湿りすぎ、根の先が黒くなっていた。匠海は傷んだ部分を切り、新しい土へ植え替えた。作業の間、和泉はコーヒーを一杯無料にしてくれた。
「何の植物ですか」
「さあ。開店祝いにもらって、名札をなくしてしまって」
名前も分からないものを、和泉は七年育ててきたらしい。花も咲かず、香りもなく、それでも捨てられなかった。
匠海は鉢を窓際へ移し、「表面が乾いてから水を」と紙に書いた。
それから毎週、店へ行くたび葉を確かめた。和泉は教えを守り、土が乾くまで待った。何もしないことが世話になる日もある。
ひと月後、根元から薄緑の芽が出た。
「見ました?」
和泉は匠海より先に気づき、嬉しそうに指した。二人はカウンター越しに小さな芽を覗き込んだ。
春には葉が増えたが、植物の名はまだ分からない。匠海が図鑑で調べようとすると、和泉は首を振った。
「もう少し、知らないままでもいいかな」
その日のコーヒーには、若草色の小さな菓子が添えられていた。抹茶とバターの香りがする。
匠海は窓際の鉢を見ながら食べた。午後の日差しを透かした新しい葉は、カップの湯気が触れるたび、ほんのわずかに揺れていた。
夏の初め、鉢には白い蕾が一つついた。二人は開花を待ったが、翌週には床へ落ちていた。和泉は残念がり、匠海は「根は元気です」と土を触った。花を見逃しても、育った時間までなくなるわけではない。二人は冷たいコーヒーで小さく乾杯した。
氷がからりと鳴るたび、窓辺の葉にも小さな夏の光が跳ねた。