ガムテープを切る前に
戸塚凱生は、地方の自動車工場で住み込み研修を始めることになった。若者支援住宅に来て八か月、初めて自分で決めた行き先だった。
出発前夜、菅生冬至が荷造りを手伝った。段ボールは三箱。服、工具、本。凱生は何でも放り込み、冬至が隙間へ新聞紙を詰めた。
二人は一週間前から険悪だった。凱生が共同の軽トラックを無断で使い、燃料を空にして戻したからだ。冬至は皆の前で怒り、凱生は「どうせ出ていく」と言い返した。
「工具、下に入れると底抜ける」
「着いたらすぐ使う」
「だから小さい箱に分けろ」
「お前の引っ越しじゃない」
言いながらも、冬至は箱の底を二重にした。最後の一箱には毛布と電気ケトルが入った。凱生がガムテープを伸ばすと、冬至が刃を伏せた。
「ケトル、朝使うだろ。これは出る直前」
翌朝、工場から連絡が来た。寮の配管故障で、入居は二週間延期。研修は予定通り始まるが、宿は自分で確保してほしいという。凱生は「分かりました」と答え、誰にも言わず駅へ向かった。
所持金で泊まれるのは三晩だった。求人サイトと安宿を交互に見ているうち、始業時刻を過ぎた。工場から着信が来たが、出られなかった。
夕方、凱生は支援住宅へ戻った。玄関に二箱はない。冬至が先に配送へ出していた。残った一箱だけ、口が開いたまま廊下にある。毛布の上に、軽トラックの給油レシートと釣り銭が置かれていた。
冬至は台所で米を研いでいた。振り向かず、「二週間なら、当番表を書き直せ」と言った。
台所には凱生の分の茶碗が伏せたままだった。ほかの住人は戻った理由を聞かず、冬至も軽トラックの件を許したとは言わない。凱生は給油代を封筒へ入れ、足りない分を二週間で返す日付を書いた。研修先には翌朝、事情を説明して通いへ切り替えられないか尋ねることにした。決まっていないことを、初めて食卓のメモへ残した。
凱生はガムテープを箱の横へ戻した。壁の当番表で消しかけた自分の名前をなぞり、明日の朝食欄へ丸を付けた。