コメントを読まない配信者

《真壁環、コメント完全無視》

《警告を読まないから二次崩落したって》

《今さら埋まった楠木鉄平を探すふり?》

 砂鐘窟の床下に、探索者が一人埋まっていた。

 救難信号は岩盤の魔力に乱され、位置は半径五十メートルまでしか絞れない。掘る場所を誤れば、砂の重みで空洞ごと潰れる。

 真壁環は配信端末の画面を消した。炎上後、運営は『視聴者との対話不足』を理由に配信停止を検討していた。環は釈明動画を一本も出さず、救助履歴と端末の設定資料だけを提出している。

 コメント欄は、逃げた、証拠隠しだ、とさらに荒れる。環は腰から銀色の音叉を抜き、床へ片膝をついた。

《また画面オフ》

《本人、耳が聞こえないって噂は?》

《音叉一本で何が分かる》

 環は音叉を一度だけ岩へ打ちつけた。

 聞こえないはずの響きが、光の輪になって地中へ沈む。

 床一面に青い線が走り、岩、砂、空洞の形を透明な設計図のように浮かび上がらせた。その中心で、小さな赤い鼓動が明滅する。

 次の瞬間、赤い点の周囲だけが花びらのように割れ、砂を一粒も落とさない縦穴が開いた。

 底から楠木鉄平の咳が聞こえる。

《生体反響を可視化して、同じ振動で岩だけ切った》

《位置誤差ゼロ》

《環の端末、文字じゃなく振動パターンでコメントを伝える仕様だ》

《二次崩落の前も、警告を無視したんじゃない。警告より先に全員を退避させてる》

 環はロープを下ろさない。

 代わりに手袋を外し、開いた穴へ腕を伸ばした。鉄平の手が届くまで、身を乗り出す。

 救助班と一緒に引き上げられた鉄平は、意識を取り戻すなり手話で告げた。

『コメントを見ないのは、助ける相手の振動を見失わないためだって、言って』

 環は首を横に振り、自分でカメラへ手を向ける。

『読んでいます。ただ、命より先には返事をしません』

《手話通訳入りました》

《鉄平軽傷、臓器損傷なし》

《事故ログのデマ訂正も完了》

《炎上動画、題名変更》

 拡散されていた短い映像に、欠けていた結末が戻された。

【『警告コメントを無視して仲間を埋めた女』→『一打で地中の鼓動だけを掘り当てた救助者』】