スタンプ一つの続き

「スタンプに意味なんてないでしょ」

オンラインゲーム仲間にからかわれるたび、倉持瑠花はそう笑った。回復してもらえば拍手、勝てば花火、眠る前には月。水野瑛介へだけ送る白いハートも、数ある反応の一つということにしていた。

二人は二年間、毎週金曜に同じゲームへ入った。瑠花が残業で遅れれば瑛介はログインしたまま待ち、瑛介が落ち込んだ夜は瑠花が何も聞かず回復役を続けた。言葉にしない親密さだけが、アバターの間へ積もっていた。顔を合わせるのは月に一度の仲間会だけ。瑛介が現実でも隣へ座るたび、瑠花はゲームの話だけをして帰った。

その夜、親友から《いい加減、瑛介くんに気持ちを送れば》と届いた。瑠花は反論するつもりで、《好きな人に送るなら、これ》と赤いハートのスタンプを押した。

宛先は親友ではなく、瑛介との個人チャットだった。

すぐ削除しようとしたが、瑛介のアイコンがオンラインになる。赤いハートの下に《受け取りました》と表示された。

瑠花はゲームを終了した。

五分後、玄関のチャイムが鳴る。ドアの外に瑛介が立っていた。二駅離れた家から、上着だけ羽織って来たらしい。手にはゲームイベントの紙チケットが二枚ある。

「スタンプなら、ゲーム内で返してよ」

瑠花が言うと、瑛介は自分のスマホを見せた。二人のチャット名が《固定パーティー》から《瑠花と瑛介》へ変わっている。来月のイベントには、オンライン参加ではなく現地参加で二名分予約されていた。座席は隣同士で、参加区分は《フレンド》ではなく《ペア》が選ばれている。

「赤は、いつもの白と意味が違う?」

瑠花は答えず、彼の手から一枚を取る。そのまま券を持つ指へ自分の指を絡めた。瑛介は驚いたあと、ゲームで仲間を守るときのように、包む力を強くする。

「次の金曜も来る?」

「画面の中に?」

「先にここへ迎えに来る」

瑠花は予定を承諾し、チャットの一番上へ赤いハートを固定した。今度は取り消さない。

スタンプに意味なんてない。

そう言って逃げてきた二人は、一つの赤い印から、画面の外まで続く意味を作った。