スタート前の英雄

藤代ミナセは開始鐘が鳴る前に、燃えるコースへ飛び込んだ。

《個人計測》

走者がスタート線を越えた瞬間からタイマーを開始します。

他の攻略者は線の手前で強化魔法の再使用を待っている。開始を遅らせれば、公式記録には含まれない。理想の条件が整ってから走るのが世界記録の常識だ。

だがコース内では、先行偵察のNPCたちが魔物に囲まれていた。

ミナセは強化なしで線を越える。

《計測開始》

偵察隊を助け、崩れた標識を直し、後続のため罠を解除する。公式タイムは伸び続ける。

十五分後、上位組がようやくスタートした。整備された道を走り、三分台でゴールする。

ミナセは負傷した偵察隊長を背負い、十八分で到着した。ランキング最下位。

「準備不足で入るからだ」

上位走者が笑う。

偵察隊長は、開始線の外にある大時計を指した。競技開始の鐘から二十一分が経っている。上位組の個人タイムは三分でも、救助が必要になってから十八分待っていた。

ゴール盤が二種類の記録を並べる。

《個人計測:藤代ミナセ十八分/上位走者三分》

《災害発生からの救助開始:藤代ミナセ〇秒/上位走者十五分》

順位が逆転した。

ミナセは世界記録を出していない。ただ、時計が始まる前から世界には時間が流れていると知っていただけだ。

《個人タイム最下位》

《初動時間第一位》

上位走者は、自分たちが待っていた十五分も強化の一部だと主張した。だが偵察隊長の傷は、その十五分を現実の痛みとして数えていた。

ミナセが直した標識のおかげで、後続は迷わず三分を出せた。彼女の遅い記録が、彼らの速い記録を作っている。

計測盤は全走者のタイムへ《事前整備十八分》を加算し直した。順位は崩れたが、誰も抗議できない。スタート線の前にいた時間も、コースの誰かにとっては待機ではなかった。

偵察隊長は、ミナセの十八分を遅いとは呼ばなかった。

「私たちには、最初の一秒で来た」

その言葉を聞き、次の開催では全員が鐘と同時に線を越えた。強化魔法は揃っていない。それでもコース内で待つ者の時計と、走者の時計が初めて同時に動き始めた。

《タイムアタックの計測起点を訂正――走者が線を越えた時ではなく、助けを待つ者の時間が始まった時》