バグではなく扉の礼儀
《また壁抜けバグでボス部屋直行?》
《相楽悠、攻略じゃなく不正利用だろ》
《運営が黙ってるのも身内だからじゃね》
相楽悠は最下層への閉鎖扉の前で立ち止まった。
今日は迷宮運営の技術者が、サーバー内部まで公開している。座標改変も権限付与も検知されれば即座に配信停止となる。
悠の所持スキル一覧と操作履歴も常時表示され、管理者権限は監査室の金庫で物理的に遮断されていた。
「壁は抜けてない。俺は毎回、入れてもらってる」
扉には鍵穴がなく、百万の封印式が絡みついていた。解除には七日かかる。向こう側では、目覚めた獄門主が扉ごと地上へ押し上げようとしている。
悠は拳を上げた。
殴らず、扉を一度だけノックする。
こん、こん。
二回目の音が消える前に、百万の封印式が左右へ整列した。巨大扉は自ら蝶番を畳み、床へひれ伏すように道を開ける。その向こうで獄門主まで膝をつき、額を石床へつけた。
《侵入座標の改変ゼロ》
《扉側からアクセス許可が発行された》
《権限名、“最優先来客”って何だ》
《獄門主の敵対フラグまで自発解除》
《バグじゃない。迷宮全体が客として迎えてる》
悠は敷居を越えず、扉の前から獄門主を見る。
「出てくるなら倒す。帰るなら閉めてあげる」
獄門主は黙って後退した。悠が指を下げると、扉は元の位置へ戻り、封印式も一つ残らず結び直される。最後の式は、内側から丁寧に閂まで掛けた。
技術者たちが生配信でコードを追う。隠しコマンドは見つからない。代わりに、迷宮核が悠を自分より上位の管理者として自然判定した記録が残っていた。
《開発者IDではない》
《システム外からの侵入もない》
《迷宮が礼儀として開けた、としか説明できません》
《壁抜け呼ばわり謝罪。こいつ壁に顔パスされてる》
運営は配信中に利用規約の違反審査を終了した。
【相楽悠の移動記録:不正なし】
【新規分類:迷宮側による自主的通行許可】
アーカイブの題名は、『バグ利用疑惑の現場検証』から――『最下層がノック二回で道を譲る』へ変わった。