レジ下の名札
文具店「青鉛筆」は、売場を半分に縮めることになった。家賃の安い奥側だけを残し、入口側は隣の携帯店へ明け渡す。鵜飼晴登と猪俣は、閉店後に什器を動かしていた。
ノート棚は中身を抜いても重い。二人で腰を落とし、床の目地一枚ぶんずつ滑らせる。棚の裏から、埃と消しゴムの屑と、古い名札が何枚も出てきた。
「辞めた人のだ」
猪俣が拾い上げた。鵜飼の名札はなかった。
鵜飼は来月の契約を更新されないと思っていた。店長は何も言わない。勤務表は今月末までしかなく、売場を半分にするなら、新人の自分から切るのが自然だ。
「俺の棚、どこに置きます?」
「レジ横」
「そこ、狭いですよ」
「狭くする作業してるんだから当たり前」
猪俣は息を切らしながら答えた。二人は棚の向きを変え、レジへ寄せた。角が柱に当たり、塗装が少し剝げた。鵜飼が補修ペンを探し、猪俣が色見本を合わせる。青だけで十二種類ある店らしく、似た色が見つからない。
「これでいい」
猪俣が一番近い青を選んだ。塗った跡は明らかに濃かった。
「目立ちますね」
「使ってれば馴染む」
什器を並べ終えると、店は急に小さくなった。新学期用の大きな陳列もできない。売上が戻る見込みはなく、縮小は延命にすぎなかった。
鵜飼はレジ下の引き出しを整理した。退職者の名札を輪ゴムでまとめ、自分の私物を紙袋へ入れる。予備の眼鏡、充電器、飴。猪俣は紙袋から充電器だけを抜いた。
「明日、レジ端末の更新。これ要る」
「店のを使えば」
「店のは断線してる」
猪俣は引き出しの仕切りへ、白いラベルを貼った。そこに鵜飼の名字を書き、充電器と飴を戻す。名札ではなく、私物の場所だった。
帰り際、鵜飼は縮んだ売場を振り返った。入口側は暗く、奥だけに照明が残っている。自分の居場所まで半分になったようで、それでもゼロではなかった。
彼は紙袋を小さく畳み、レジ下の自分の区画へ入れた。明日の更新作業が終わるまで、そこを空ける必要はない。ラベルの字が乾くまで、指で触れないようにもした。