一か月後の招待席
「今日は、祝いに来ただけだから」
共通の友人の結婚式で八年ぶりに会った西園匡史へ、八千草絃は先にそう言った。
半年前に婚約を解消したことは、地元の友人たちにも伝わっている。幼なじみだった匡史が独身だと知れば、周囲はすぐに「次は二人」と結びつけるだろう。祝福の席で自分の寂しさを埋めるような真似だけはしたくなかった。
匡史は「分かってる」と答え、披露宴の間、一度も昔話を持ち出さなかった。席は離れていたが、絃のグラスが空けばスタッフを呼び、写真撮影で裾を踏みそうになればさりげなく椅子を引いた。
優しさが変わっていないぶん、距離が苦しかった。
二次会を断り、絃が一人で駅へ向かうと、後ろから匡史が追いついた。雨が降り始め、彼は傘を差し出す。
「駅まで送る」
「それも幼なじみの役目?」
「今日は、そういうことにしておく」
傘の下で肩が触れても、匡史は何も言わない。絃の決めた線を守っている。
改札前で、彼は白い小封筒を渡した。中身は結婚式の写真ではなく、一か月後の日曜に開かれる音楽祭のチケットが二枚。絃が高校時代に好きだった演奏家の名前がある。
「今日の返事はいらない」
「どうして一か月後?」
「今日の寂しさがなくなっても、会いたいと思える日を選んだ」
匡史はもう一枚を自分の財布へ戻し、手を差し出した。引き止めるためではなく、階段を下りる絃を支えるような静かな手だった。
絃はその手を取り、階段が終わっても離さなかった。スマホで一か月後の予定を開き、チケットの番号を登録する。さらに翌週の昼にも、《絃と匡史》と予定を入れた。
「音楽祭の感想を話す時間が必要でしょ」
匡史が初めて、幼なじみの顔ではなく笑う。
「絃、その日は何を祝いに来るの?」
絃はつないだ指を少し強くした。
「次に会えたこと」
今日は祝いに来ただけだった。
けれど一か月後の招待席を自分で承諾した瞬間、絃は過去を慰める幼なじみではなく、未来の予定を二つ入れる相手として匡史を選んでいた。