一人多い試食皿

妻を亡くした総菜店の主人は、店を閉めようとしていた。

妻の煮物目当てだった客は減り、自分の味を出せば、

「前と違う」

と言われる。

商店街の人は続けろと言うが、同情で買っているだけだと思った。

倉庫で見つけた白い割烹着を着ると、試食皿を持っている間だけ姿が消えた。

主人は閉店を決める前に、客の本音を聞こうとした。

昼時、常連たちが入ってくる。

「今日の煮物、また少し甘い」

「奥さんのはもっと薄かった」

やはり不満だった。

ところが客は続けた。

「でも最近、ご主人の味になってきたね」

「本人に言うと、亡くなった奥さんを否定したと思われそう」

「だから黙って買うの」

別の客が、

「店、閉める噂、本当かな」

と心配した。

「無理に続けろとは言えない」

「食事だけじゃなく、ここで顔を合わせるのがなくなるのが嫌なんだよ」

主人は、味を守る責任ばかり考えていた。

客が買っていたのは妻の煮物だけではなく、昼に誰かと会う場所でもあった。

姿を戻そうと試食皿を置きかけ、やめた。

店員の若者が、客へ小声で言った。

「ご主人、ちゃんと食べてないんです。売れ残りも全部持ち帰るだけで」

客たちは相談を始めた。

閉店を止める方法ではなく、主人へ昼食を食べさせる方法だった。

「聞こえてるぞ」

主人は皿を置き、姿を現した。

全員が悲鳴を上げた。

「その割烹着、奥さんの?」

「知らん。透明になる」

「先にそれを説明して」

主人は盗み聞きを謝った。

そして、店を毎日開けるのはつらいと話した。

週三日なら続けたい。

妻の味は再現できない。

自分の煮物は甘い。

条件を並べると、客は勝手に営業日を相談し、店員は新しい札を書いた。

最初の休業日、主人は店へ来なかった。

客たちは商店街の別の店で食事をした。

場所が一つに固定されなくても、顔を合わせる習慣は続いた。

営業日には、主人も試食皿を一枚取った。

今度は透明にならない普通の割烹着で、客と同じ煮物を食べる。

「甘い」

自分で言うと、常連が笑った。

「そこが今の店の味」

妻の味を忘れたわけではない。

違う味を並べても、思い出が追い出されないと分かった。

店は小さくなり、食卓は一人多くなった。