一日だけの二年三組
文化祭の朝、二年三組に机が一つ増えた。
廊下側の一番後ろ。名札には「戸叶陸」と書かれている。
陸は四月から長期入院していて、一度もこの教室へ来ていない。授業はオンラインで受け、文化祭の準備にも画面越しで参加した。教室を宇宙船にする案を出したのも、窓へ貼る星図を描いたのも彼だった。
けれど当日、外出許可は下りなかった。
「せめて席だけ」と石動果凛が言い出し、全員で机を用意した。
その上へタブレットを置く。画面の陸は病室のベッドから、紙で作った船長帽をかぶっていた。
「二年三組、出航!」
開場と同時に、教室は宇宙船になった。
果凛はタブレットを抱えて歩き、陸を案内した。受付で切符を切る音、段ボールの操縦席、暗幕の向こうで光る星。客が陸の画面に気づくと、「船長です」と紹介した。
昼には回線が何度も途切れた。
陸の顔が固まり、声が機械のように伸びる。そのたび客が笑い、陸も遅れて笑った。
「俺、宇宙から通信してる設定で」
「病室って言ったあとだけど」
「機密事項」
午後三時、看護師が画面へ顔を出した。
「そろそろ終了です」
「閉会まであと一時間」
「検査があります」
「文化祭より?」
「文化祭より」
陸は帽子を外した。
「じゃ、先に下船する」
果凛は何か言おうとしたが、客が並んでいる。さよならを長くすれば、特別な別れのようになってしまう気がした。
「明日の片づけ、来てよ」
「病院から?」
「画面で指示して。星、どこにしまうかわかんない」
「左の棚」
「今じゃなくて明日」
「了解」
通信が切れた。
タブレットは黒い画面になり、果凛の顔だけを映した。
そのあとも文化祭は続いた。客は来て、宇宙船は何度も出航した。けれど教室の後ろの机だけは、もう誰も使わなかった。
閉場後、果凛はタブレットを陸の席へ戻した。
机の中に、クラス全員で書いた搭乗券を入れる。日付の横には『出席』と赤い判が押してある。
翌春、陸は学校へ戻った。
初めて教室へ来た彼に、果凛が席を教えると、陸は笑った。
「知ってる。そこ、俺の席だった」
一日も座っていない机を、彼はちゃんと覚えていた。
果凛にとって、あの文化祭で一番確かに同じ教室にいたのは、途中で画面から消えた同級生だった。