一枚で一日を歩く肉
王国斥候隊の携行食は、重い塩漬け肉と固い麦袋だった。
山岳演習三日目、若い兵が荷を捨て、隊長ドガンは補給係を怒鳴った。
「食料を減らせば腹が減る。量を保てば歩けない。どちらを選べと言う!」
国境で敵軍の動きがあり、七日分を背負って尾根を越える任務が決まっていた。従来の食料だけで一人十四キロ。武器と毛布を加えれば、速さが命の斥候が荷馬車より遅くなる。
古参補給官は、体力のない兵を外せばよいと言った。落伍した若い兵たちは唇を噛む。
元登山用品店員の瀬良鉄平は、脂を外して乾燥させた赤身肉を石臼へ入れた。
繊維が粉になるまで砕き、別に溶かして澄ませた獣脂と混ぜる。空気の隙間がなくなるまで小さな木型へ押し込み、手のひら大の薄い板状に固めた。
一枚ごとの重さを揃え、布で包む。鍋も皿も要らない形だった。
「残飯を煉瓦にしたのか」
兵たちは笑った。
鉄平は一枚を割り、口へ入れた。
最初は固いが、脂が体温でほどけ、肉の旨味と塩気が広がる。続いて湯へ砕き入れると、数分で濃い肉粥になった。従来の塩漬け肉のように一晩水へ浸す必要もない。
ドガンも半分食べ、残りを握る。昼の鐘を過ぎても腹が鳴らず、水だけで尾根を二つ越えた。
翌日、落伍した兵十人と古参十人で同じ距離の比較が行われた。
従来食三日分は六キロ。鉄平の板は二キロに満たない。水は道中で汲め、鍋がなくても食べられる。
板を持った若手組は、古参組より一刻早く峠へ着いた。呼吸は乱れていても、誰も荷を捨てていない。最後まで残った一枚を互いに見せ、笑った。
しかも鉄平が一月前に作り、暖炉横へ置いた板は、肉の腐敗臭も脂の酸味もない。切り口は乾いたまま、布袋の中で崩れず、虫も寄らなかった。
古参補給官が塩漬け樽の値を持ち出すが、輸送人員まで含めれば新しい板のほうが三割安い。帰営した兵たちは、試験で残った板を奪い合った。
ドガンは古い携行食の納入票を焚き火へ投げた。
「次の国境偵察は百人、七日間だ。千四百枚を用意しろ」
鉄平の胸へ補給隊長章が留められた瞬間、斥候隊の行軍表から休憩地点が一つ消えた。