一票ぶんの濁流
鵠沼翠葉の故郷では、化学工場の存続を決める住民投票が一票差で否決された。工場は閉鎖され、職を失った父は半年後に命を絶った。
二十年後、時間行政AIが個人の投票一件だけを修正できる制度を始めた。翠葉は父の反対票を賛成票へ変えた。父は本心では工場を残したかったのに、環境運動をしていた娘へ遠慮したのだと思っていた。
更新後、父は七十二歳で生きていた。駅前には店が並び、町は豊かだった。翠葉は父の皺だらけの顔に触れ、声も出せず泣いた。
病院から連絡が来た。十六歳の息子が腎不全で入院していた。工場が流した微量物質は基準値以下とされていたが、二十年で川底に蓄積し、町の子どもたちに同じ症状が出ていた。息子は週三回の透析を受け、窓から川を見ていた。幼いころ父と魚を捕った場所だが、今は立入禁止の柵が続いている。父は孫へ釣りを教えた記憶を誇らしげに語り、その川が病気の原因だとまだ信じられずにいた。
工場は町の祭り、病院、奨学金まで支えていた。汚染を告発することは、町の善意の看板を一枚ずつ剥がすことでもあった。
時間行政AIは、投票を戻せば工場も汚染も消え、息子は健康になると示した。同時に、父の自死記録も復元される。
翠葉は父にすべて話した。父は長く川を見つめたあと、笑った。
「おまえ、俺の一票を盗んだのか」
「生きてほしかった」
「生きたよ。二十年も余分にな」
父は取消端末を翠葉へ返した。
「今度は俺を使え。死ぬ方じゃなく、生きてる方で」
翌日、父は工場の元従業員として、隠されていた排水記録を議会で証言した。町の英雄だった会社は操業停止になり、補償基金が作られた。息子の治療は間に合うか分からなかった。父も仲間から裏切り者と呼ばれた。
翠葉は投票を元へ戻さなかった。過去の一票で父を救い、現在の一票で工場を止める運動を始めた。
川はすぐ透明にはならなかった。父も息子も、完全には救われなかった。
それでも翠葉は知った。過去を変えることは、結果を選ぶことではない。選んだ結果の責任を、未来まで引き受けることだった。