三分の延命

斑鳩玄馬は、患者へ自分の寿命を一分ずつ渡す救急医だった。

救命室の延命端子は、心停止した患者に最長三分だけ他人の時間を移せる。三分あれば、薬が効く。家族が到着する。あるいは、死を三分遅らせるだけで終わる。

病院は提供者を家族に限っていたが、家族のいない患者が運ばれるたび、玄馬は自分の指を端子へ置いた。

一年で四十七分。十年で九時間。

同僚は止めた。

「九時間なんて誤差でしょう」

「誤差を百回やれば、人生になる」

それでも玄馬はやめなかった。三分を渡した患者の多くは助からなかった。だが一人だけ、交通事故の少女が戻った。家族が着くまでの二分四十秒、玄馬の心拍で生きつないだ。

二十年後、玄馬は末期癌になった。予測余命は一日。かつて渡した時間の合計は十九時間十三分だった。

病室へ、あの少女が訪ねてきた。今は気象研究者で、子どもが二人いるという。

「十九時間、返します」

彼女は契約書を差し出した。

玄馬は断った。

「君から渡されたら、あの三分が貸し借りになる」

「先生は覚えてなくても、私は毎日が借り物みたいだった」

少女だった女性は怒った。生きるたび、誰かの寿命を消費している罪悪感があった。結婚も出産も、玄馬の時間の上に建てた気がした。

玄馬は初めて、自分の善意が相手に長い請求書を残していたと知った。

「では、三分だけ返して」

彼は言った。

「十九時間ではなく?」

「君が受け取ったのと同じ三分。それで貸し借りを終わらせる」

移植が始まった。玄馬の余命表示が、二十三時間五十八分から一日と一分へ変わった。

三分で二人は話した。彼女は、自分の研究で洪水警報が十七分早くなり、多くの人が避難できたことを語った。

「その十七分は、先生の三分ですか」

玄馬は首を振った。

「君の二十年だ」

翌日、玄馬は亡くなった。返された三分を使い切ったかは分からない。

女性はその後、延命提供者と受給者が互いの個人情報を知らず、返済義務も持たない制度を作った。

救われた時間を誰のものと呼ぶかで、残りの人生が変わる。

彼女は自分の子どもへ、借りた命の話をしなかった。ただ三分遅刻した人を、以前より少しだけ待てるようになった。