三百個の失敗造形
星月ヶ浜沙都璃の工房で、光造形プリンターが停止していた。
透明な樹脂は床へ溢れ、紫外線硬化槽の底には、同じ人形の失敗作が何十個も固着している。換気装置も樹脂の蒸気で汚れていた。
友人の冬木森亜希は、段ボールを抱えて現れた。
「ネットで三百個売れたの。沙都璃の機械、夜は空いてるんだから無料で使わせてよ」
沙都璃は一度も許可していない。亜希は工房見学の際に管理番号を盗み見し、深夜に侵入していた。
造形データは、市販キャラクターを無断で複製したものだった。亜希は予約販売を始め、購入者へ〈プロ工房で公式同等品を製造〉と説明している。
プリンターは医療機器用の試作品を作る高精度機で、価格は五百万円。亜希は安価な未対応樹脂を流し込み、造形が失敗するたび出力を繰り返した。槽、光源、送り機構が損傷し、全面修理が必要になった。
「機械って失敗することもあるでしょ。材料代くらいなら払う」と亜希は言った。
装置の管理サーバーには、利用者、投入樹脂、温度、出力回数が残っていた。亜希の端末から三百二十七回の造形命令が送られ、警告を解除するため沙都璃の管理者名を不正に使用している。
さらに、工房は翌週、医療メーカーへ義肢部品の試作品を納品する予定だった。修理中は別施設を借り、機密データを移す必要がある。装置修理、代替施設、清掃、納期変更を含む損害は八百万円を超えた。
亜希は、著作権の問題は購入者との話だと開き直った。
権利元から販売サイトへ削除要請が入り、売上は凍結された。購入者への返金も、亜希本人が負担する。
「友達なら、工房の失敗として処理してよ」と亜希は頼んだ。
「私の工房が作ったのは、必要な人のための部品です。偽物の人形ではないよ」
亜希は売上凍結分、預金、収集していた限定品を売却し、残額を分割で賠償することになった。無断侵入についても警察へ相談記録が残った。
修理後の最初の造形で、子ども用の軽い義手部品が完成し、管理画面から亜希の端末が永久遮断された瞬間、三百個をただで作るつもりだった女には、一個も売れない失敗作と八百万円の請求だけが残った。