主語のある謝罪文
冷凍スープの定期便が解けて届いたという苦情に、倉本詩乃は謝罪文を書いていた。
箱の中で袋が膨らみ、幼い子どもへ食べさせる予定だった客は、怖くてすべて捨てたという。配送会社の記録では配達完了まで規定時間内。広報部長は一文目を指定した。
〈お客様の保管状況により、品質が変化した可能性がございます〉
「こちらの責任と確定していないうちは、主語をぼかして」
詩乃は出荷時の温度記録を開いた。箱へ入れた時点は氷点下十八度。だが倉庫から配送車へ移す二時間、記録計が十二度まで上がっている。冷凍庫の点検で出荷口が使えず、箱が常温の通路に置かれていた。現場日報には、責任者の指示で通常出荷した、とある。さらに同じ便の問い合わせ一覧には、まだ苦情ではない〈袋が柔らかい気がする〉という連絡が四件入っていた。最初の客は、子どもへ食べさせる前に匂いを確かめたから止められただけだった。保管状況を疑う文面を返せば、ほかの人は自分の扱いが悪かったと思い、そのまま口にするかもしれない。
後輩は部長案をコピーし、「返金で終わらせますか」と聞いた。
「この文章だと、捨てた人が悪かったみたいになる。ログを添えて、まだ送らないで」
詩乃は謝罪文を書き直した。
〈当社の出荷工程で温度管理が途切れ、安全を確認できない商品をお届けしました〉
返金だけでなく、同じ時間帯に出荷した二百三十箱の使用中止と回収、再発送の案内を入れた。部長は画面を見て声を強めた。
「全部認めたら、SNSで広がる。最初の一人には個別対応でいい」
「一人が知らせてくれたから、ほかの二百二十九人を探せます」
詩乃は品質部と経営責任者を宛先に加え、温度ログ付きの修正版を提出した。回収が決まり、客へは会社の責任を明記した文面が送られた。後輩には、原因が判明しているときに〈可能性〉で客へ返さないよう、事例集へ残してもらった。
夜、危機対応チームから異動の打診が届いた。目立たない文章で守るより、正しい主語を置く仕事を続けたかった。
詩乃は異動願いを送信した。