九を渡して倍を取る
磯辺柚葉は、手札の九を戸叶真琴へ差し出し、彼女の伏せ札を受け取った。
粟津倖が十二と一を広げ、呆れた声を出す。
「最高札を捨てたの?」
三人は二枚ずつ持っている。壁の規則は一つだけ。
〈一度だけカードを一枚交換し、終了時の手札得点が最大の者を解放する〉
柚葉の手札は九と八で十七。真琴は五と伏せ札、倖は十二と一で十三。表だけを見れば、柚葉が最も強い。それでも交換しなければならない。
真琴は九を受け取り、勝ち誇って伏せ札を渡した。
「中身を見ずに選ぶなんて」
柚葉は受け取った札をゆっくり開く。数字ではなく「×2」と書かれていた。真琴の笑みが、その記号を見た瞬間に止まった。
得点規則はカードそのものに印刷されている。数字二枚なら合計。演算札を含むなら、残った数字へ作用する。柚葉は八と倍札で十六。九を得た真琴は、九と五で十四。倖は十三。
『伏せ札の内容を事前に知ることはできません』
「表は見えなかった。でも裏の縁が二重だった」
数字札は一重枠、演算札は二重枠。交換卓の照明が斜めから当たるたび、伏せ札の端にもう一本の銀線が細く浮かんでいた。主催者は裏面を同じ黒にしたつもりでも、裁断ずれで枠の端が〇・五ミリだけ見えていた。
真琴が倍札を奪い返そうとする。
「交換をやり直す!」
「一度だけ」
残り三十秒。倖は十二を真琴の九と交換し、自分を十へ下げてしまう。真琴は十二と五で十七となり、一瞬柚葉を上回った。
だが交換された十二の裏には「偶数は半分」と小さな条件がある。十二は得点時に六として扱われ、真琴は十一。倖の九と一は十。
終了ベル。
〈磯辺柚葉、十六。戸叶真琴、十一。粟津倖、十〉
〈勝者、磯辺柚葉〉
主催者は沈黙し、真琴は二重枠を見つめる。
柚葉は倍札を卓へ置いた。
「カード交換は、数字の大小だけじゃない。人が欲しがる九を見せれば、見えない方を手放してくれる」
勝利の理由は〇・五ミリだった。けれど扉が開く音は、三人の誰にも聞き違えられないほど大きかった。