九十二ワット時の灯り

最終便の搭乗口で、月岡更紗は小さな機械の電源ランプを見た。

呼吸を補助する携帯機器。利用する乗客は、予備電池を黒いケースへ入れている。到着後すぐ長距離の車移動があり、予備を失えば目的地まで機器を動かせないと、同行者は何度も確認していた。新人スタッフは、ケースを預け荷物へ移すよう案内していた。

「機内で使う分は本体に付いていますから」

乗客も従いかけた。『これがないと到着まで不安で』と、ケースの取っ手を握っている。更紗は電池の表示を確認した。九十二ワット時。会社の手順では機内へ持ち込み、端子を保護する扱いになっている。ところが新人が見た早見表は一般の電子機器用で、医療機器の予備電池は別ページに分かれていた。預けた荷物の中で異常が起きても、すぐ対応できないからだ。

出発まで十二分。すでに荷物搬送ベルトは動いている。黒いケースが機体下へ運ばれれば、取り戻すために便そのものを遅らせる可能性があった。

更紗は無線で積み込みを止め、黒いケースを戻した。端子へカバーを付け、予備電池の個数と機器の型式を確認する。新人には、容量の数字だけで可否を決めず、〈どこへ載せるか〉まで手順を読むよう伝えた。

「案内を間違えたの、私です」

「似た表が二枚ある。あなた一人で覚える問題にしない」

更紗は搭乗口の確認表を一枚にまとめた。医療機器、予備電池、持込場所を同じ行にし、容量を入力すると必要な処理が出るようにする。乗客には遅れを謝り、機内で電源を使う場合の座席確認も済ませた。

便は定刻の二分後に扉を閉じた。乗客はケースを足元へ置き、搭乗口へ一度だけ会釈した。ランプは消えず、窓の向こうへ動き出すまで静かに光っていた。

責任者は、更紗が空港会社を辞め、航空の研修教材を作る会社へ行くことを惜しんだ。

「現場を離れたら、今日みたいな判断はできないよ」

更紗は、今日みたいな判断を新人一人へ任せないために移るのだと思った。転職先には、月に二日は搭乗口へ同行して教材を更新する条件を求めていた。承認された契約書が、スマートフォンに届いている。

最終便を見送ったあと、更紗は今日作った確認表を転職先へ送った。入社初日の教材会議へ〈この事例を持参します〉と返信する。

九十二ワット時の灯りを、紙の中でも消さないために。