二行先の黒板
放課後、教師が黒板をきれいに拭くと、翌日、教室で最初に物が壊れた直後に誰かが言う一文が、白い字で浮かんだ。
「ごめんなさい」
「先生には言わないで」
「大丈夫です」
教師は予告を読み、壊れそうな物を片づけた。
それでも鉛筆は折れ、花瓶は欠け、体操服の袋は破れた。
言葉まで含めて、出来事は小さく起きた。
ある夕方、黒板に現れたのは、
「私のせいじゃない」
だった。
教師は翌朝、教室中を点検した。
理科の器具をしまい、窓を閉め、机のがたつきを直す。
何も壊れないまま昼休みになった。
給食後、棚の上のガラス瓶が床へ落ちた。
割れた音に、教室が静まる。
すぐそばに、普段あまり話さない生徒が立っていた。
皆の視線が集まり、生徒が言った。
「私のせいじゃない」
予告どおりだった。
教師は、反射的に
「では誰のせいですか」
と尋ねそうになった。
代わりに、
「最初から、見えたことだけ話してください」
と言った。
生徒はすぐに答えられなかった。
唇を何度か動かし、周囲の顔を確かめ、それから一つずつ指さした。
教師は続きを促さず、教室にも口を挟まないよう頼んだ。
待つ数十秒が、本人には説明を組み立てるための大切な時間だった。
机の横へ出ていた鞄の紐。
通りかかった別の生徒の足。
揺れた棚。
瓶へ届いた振動。
誰も瓶へ触っていなかった。
一人の不注意ではなく、狭い通路と置き方が重なった事故だった。
静かな生徒は、以前にも壊れた物の近くにいただけで叱られたことがあった。
説明に時間がかかるため、否定の一言が言い訳に聞こえたらしい。
教師は教室の前で謝った。
「話す速さで、正しさを決めていました」
割れた瓶を皆で片づけ、棚の位置を変えた。
生徒は最後まで手伝い、帰り際、
「今日は、聞いてもらえました」
と言った。
その夕方、黒板には二行浮かんだ。
「大丈夫です」
「本当は少し痛いです」
翌日、体育で転んだ生徒が最初の一行を言った。
教師は二行目を知っていたが、先に口へ出さなかった。
「どこが、どのくらい?」
と尋ねる。
予知された言葉は、相手の本音を当てる答えではない。
最初の一言の先に、まだ聞くべき二行目があると教師へ知らせる余白だった。