二都市ぶんの雨

雨宮柚月の天気アプリには、二つの街が並んでいた。

東京と新潟。東京が晴れていても、新潟に傘の印があれば、牧瀬岳彦へ「今日は雨だね」と送った。遠距離になって一年、同じ空の話をするための習慣だった。

会いに行くのは、いつも柚月だった。彼の街の改札には詳しくなったのに、岳彦は柚月の最寄り駅の出口さえ知らなかった。

岳彦は弟の学費を負担していて、新幹線代を惜しんでいる。事情を知っているから責められない。けれど「たまには来て」と言えば、彼の財布の中まで覗くようで言えなかった。

その日、柚月は地方出張から東京へ戻り、駅の高速バス乗り場へ向かっていた。自宅方面の最終便まで九分。雨脚が強まり、キャリーケースの車輪が濡れた床で鳴る。

岳彦から電話が来た。

「着いた?」

「今、東京駅。こっちは雨」

「新潟も雨だよ」

「晴れたら、また行くね」

一度目は、次の約束の代わりだった。

「晴れたら?」

「うん。冬は雪で大変だし」

「じゃあ春まで会わない?」

冗談めいた声の向こうに、本気の不安があった。

「岳彦が来ればいいじゃん」

言ってから、柚月は後悔した。沈黙が落ちる。

「ごめん。今のなし」

「なんでなしにするの」

「忙しいでしょ」

「お金のこと気にしてる?」

逃げられなかった。最終バスの係員が乗車を促し、残り五分になる。

「知ってたんだ」

「柚月が知ってることを、俺も知ってた。だから三か月前から積み立ててた」

「何を?」

「東京までの分」

電話の声に、構内放送が重なった。同じ音が、通話の向こうからも聞こえた。

柚月は振り返った。柱の陰から、濡れた髪の岳彦が現れた。安い夜行バスで六時間かけて来たらしい。

「晴れたら来ようと思ったけど、待てなかった」

二度目のその言葉は、言い訳ではなかった。

柚月は最終バスの列から外れた。

「晴れなくていい」

岳彦が傘を開く。

「次は、どっちかが全部来るんじゃなくて、途中で会おう」

柚月は自分の傘を閉じ、岳彦の傘の下へキャリーケースごと入った。天気アプリから片方の街を消さず、二つの雨雲を並べたまま歩き出した。