交換できない癖
竹良早苗は、事故のたびに身体を替えた。左脚、右腕、肺、顔。三度目の顔を受け取ったとき、婚約者は長く見つめてから言った。
「似合ってる」
早苗はその言葉を信じられなかった。事故前の友人は目を合わせるまで数秒かかり、古い写真を見せて本人確認をした。新しい顔は、彼が以前好きだと言った女優に似ていた。義肢も肌も、選んだのは身体設計AIだ。
「私じゃなくてもいいんじゃない?」
早苗は試すように外装を変えた。短い髪、濃い肌、左右で色の違う目。彼は毎回「似合ってる」と言った。
それが余計に腹立たしかった。
試すほど、早苗は自分でも何を確かめたいのか分からなくなった。彼が変化を受け入れるたび、「誰でもいい証拠」に見えた。
結婚式の一週間前、彼が網膜の病気で視力を失った。治療には半年かかる。早苗は式を延期しようとしたが、彼は首を振った。
「見えないほうが、君には都合がいいかもしれない」
「どういう意味?」
「顔を当てる試験をされなくて済む」
式の日、彼は早苗の腕につかまり、祭壇まで歩いた。途中で段差があるたび、早苗は無意識に「いち、に」と数えた。
「それ、まだやるんだね」
幼いころ、階段が怖かった早苗は、いつも二段ずつ数えた。脚を替えてからも癖だけは残っていた。
披露宴で彼は、早苗がエレベーターを降りるたび小さく礼を言うこと、考え事をすると親指で薬指を三回叩くこと、嘘をつく前に鼻ではなく耳を触ることを話した。
「顔は毎回違う。でも、僕が好きになった人は、交換の一覧に載ってない」
早苗は泣いた。人工涙腺は化粧を守る量に調整されていたが、設定を越えて涙が流れた。
半年後、彼の目は治った。見えるようになった最初の日、彼は早苗の顔より先に、階段で動く指を見つけた。それから新しい顔を見て、やはり「似合ってる」と言った。
早苗はもう怒らなかった。
「じゃあ、私の癖も見えてる?」
「今、指を三回叩いた」
身体が変わるたび失ったものを数えていた早苗は、初めて、残り続けたものを数えた。