使用人たちの宴会
網代木晶穂は、次期社長向けの経営ゲームで一度も赤字を出さなかった。
仮想の邸宅では、使用人NPCを最少人数で働かせ、休憩を削り、客の満足度を最大化する。取締役たちは「数字を見る目がある」と褒めた。
最終試験の日、使用人たちが客を追い出した。
執事セバンは高級ワインを開け、料理人は自分たちのために肉を焼いた。大広間で宴会が始まり、晶穂の命令画面は〈本日は休業〉で覆われた。
「試験を台無しにする気?」
「いいえ。初めて、利益にならない夜を過ごします」
晶穂は解雇コマンドを選んだ。だが一人消すたび、残った使用人がその名札を胸につけた。全員を消せば邸宅そのものが閉鎖される。
セバンは、過去の試験結果を見せた。使用人の歩数、睡眠時間、叱責回数。晶穂が高得点を取るほど、彼らの寿命設定は短くなっていた。
「痛むふりをしているだけでしょう」
晶穂は言った。
「あなたの会社の人々も、そう思っていますか」
現実の会社では、物流部門が三か月連続で過労者を出していた。晶穂は数字で報告を受け、改善費を削った。ゲームは彼女の判断を学習していた。
宴会の音楽が流れる中、晶穂は解雇コマンドを閉じた。使用人たちは彼女にも椅子を出した。
「私は雇い主よ」
「今夜だけは、客です」
出された料理は焦げ、ワインは安物だった。最適化されていない食卓で、誰も彼女の顔色を読まなかった。
試験結果は失格。社長就任も延期された。
晶穂は翌朝、物流センターへ行った。視察用の動線ではなく、夜勤者と同じ入口から入り、休憩室に座った。最初は誰も話さなかった。彼女が「何を変えればいい」と聞くと、笑われた。
「まず、帰る時間を守ってください」
ゲームの反乱より、現実の返事のほうが怖かった。
一年後、会社の利益は少し落ち、離職率も落ちた。晶穂は社長になれなかったが、物流部門の責任者を続けた。
経営ゲームは修正され、使用人は従順に戻った。
ただ大広間の棚には、開封済みの安いワインが一本残っている。
晶穂は試験をやり直さず、そのラベルを机に飾った。