保留音の二十七秒

コールセンターでは、退勤前に一件だけ通話の後悔を自動販売機へ入れる。録音番号を入力し、自分が口にした文を一文そのまま書く。客の言葉や心情は書いてはいけない。保留中の出来事を後悔する場合は、秒数を正確に添える。

三門は解約窓口で、亡くなった契約者の妻から電話を受けた。名義人本人でなければ解約できない。死亡証明書を郵送し、審査に十営業日。彼は画面の手順を上から読み、間違えず案内した。

女性は「毎月、夫の名前で請求が来るのがつらい」と言った。三門は回答例を探すため保留にした。二十七秒後に戻り、「お待たせいたしました。規定により例外対応はできかねます」と伝えた。女性は礼を言って切った。

終業時、三門は販売機へ録音番号を入れた。

〈規定により例外対応はできかねます、と言った〉

機械は〈定型文は個人の後悔になりません〉と返した。

〈お待たせいたしました、と言った〉

〈待ち時間を入力してください〉

「二十七秒」と打つ。今度は〈後悔の対象が不明〉。後ろには退勤待ちの同僚が並んでいる。皆、自分の一文をメモして静かに待っていた。

三門は録音を聞き直した。保留へ入れる直前、女性が「この電話を切ったら、家で夫の名前を呼ぶ場所がなくなる」と言っていた。三門はそれに返事をせず、保留ボタンを押している。

紙に正確に書いた。

〈「少々お待ちください」と言い、二十七秒、名前のない画面を見た〉

機械が受理し、温かいほうじ茶を一本出した。缶の下に、細い感熱紙も落ちた。そこには二十七秒分の保留音が、波形で印刷されている。

三門が紙を折ろうとすると、波形の中央から青いイヤホンが片方だけ外れた。耳に入れても音楽は流れない。ただ、遠い部屋で誰かが一度だけ夫の名を呼ぶ息が、缶の温度と同じ長さで残っていた。

翌日、三門は回答例の余白に「保留前に相手の言葉を一度受ける」と追記した。承認印はもらえなかったが、紙は捨てなかった。青いイヤホンを感熱紙で巻くと、二十七秒の波形が輪になり、接続端子の先に小さな黒い受話器を一つ吊した。