保証会社の封筒

冴の母は、賃貸契約の話になると急に声が大きくなる。

「お父さんが保証人になるって。わざわざ会社にお金を払うことないでしょう」

冴の前には二枚の請求書があった。父を連帯保証人にすれば費用はゼロ。保証会社を使えば初年度だけで六万四千円。二十九歳目前の貯金から払うには、痛い金額だった。

母の言うことは正しい。父は嫌がっていないし、これまでも何度か署名してくれた。助けてもらえるのに断るのは、親を信用していないようにも見える。

けれど契約書の「万一の場合」という欄を見るたび、冴は父の名前が自分の暮らしの最後尾に立っていることを思い出した。家賃を払っているのは自分でも、失敗したときの責任だけは実家へ続いていた。

「会社を使う」と冴は言った。

母はすぐに、「親子なのに水くさい」と返した。

水くさいのではない。親に頼るのが恥ずかしいわけでもない。ただ、頼れることと、頼る契約を結ぶことを分けたかった。

「六万円あれば家具が買えるのよ」

冴は新居に置こうとしていた二つの棚の写真を見た。木製の大きな棚と、安い組み立て式の棚。保証料を払えば、大きいほうは諦めることになる。

「小さい棚にする」

電話を切ったあと、冴は保証会社の申込書に入力した。緊急連絡先には母の番号を書いた。完全に切るのではない。責任の順番だけを変える。

審査承認のメールが届き、同時に家具店の在庫終了通知が来た。欲しかった棚は売り切れた。

冴は安い棚を注文した。六万四千円で自由を買ったとは思わない。高すぎたと後悔する日もあるだろう。それでも、その狭い棚に収まらない物まで、自分の選択として手放すことにした。

届いた組み立て棚は、説明書の向きが分かりにくく、一度すべて外してやり直した。父に聞けば数分で済むと思ったが、電話はしなかった。頼らないことを競争にしたいわけではない。完成後、棚は少し傾いていた。冴は保証料の領収書と父の未使用の署名用紙を、別々の引き出しへしまった。助けを断った紙も、助けてもらえる事実も捨てずに、傾いた棚を自分の部屋の最初の家具にした。