借り火
電気設備会社の鍋島佳吾は、火継町の「火分け祭」で仮設照明を担当した。二十四歳。参列者は小さな蝋燭を持ち、山上の社まで火を運ぶ。
祭りの配線図には、仮設照明とは別に『持主不明の火』という回路が描かれ、消費電力が人一人分の基礎代謝とほぼ同じだった。佳吾が設計者へ電話すると番号は使われておらず、図面の作成日は彼が生まれる四十年前なのに、担当者欄には鍋島佳吾と印字されていた。
現場アプリの注意欄には、一文だけあった。
《自分の蝋燭を、他人の火で点けてはいけない》
参道には蝋の匂いと焦げた髪の臭いが漂い、青い火を持つ者だけ足元に影がなかった。佳吾が近づくと、男の炎は風に逆らって彼の胸へ傾いた。
各自に火打ち石が配られたが、佳吾の石は湿っていた。照明点検の開始時刻が迫り、何度擦っても火花が出ない。隣を通った男の蝋燭は青く燃えていた。
一瞬借りるだけなら問題ない。佳吾は男の火へ芯を寄せ、一度だけ点けた。
青い炎は二本に分かれず、男の蝋燭から佳吾の方へ丸ごと移った。男は暗い顔のまま「これで帰れる」と言い、列から消えた。
祭りが終わるころ、佳吾のスマホは急速に電池を失っていた。充電器へつないでも増えない。バッテリー設定には、見慣れない共有先が表示されている。
《ワイヤレス給電中》
《相手:火分け様》
共有を停止すると画面が真っ暗になり、遠くで男の悲鳴が聞こえた。再開すると声は止む。佳吾は不具合だと思い、端末を初期化した。それでも毎晩、残量が同じ時刻に減った。
会社の電力監視にも、佳吾の自宅から人の体温ほどの微弱な電力が山上の社へ流れ続けていた。
一週間後、電池は零パーセントになった。普通なら消えるはずの画面だけが青く光っている。通知欄には、相手側の残量が表示された。
《火分け様:九十九パーセント》
佳吾が電源ボタンを長押しすると、確認画面が開いた。
《給電を終了すると、接続中の利用者が消失します》
選択肢は「続ける」と「佳吾を終了」の二つだった。
背後の暗い部屋で、誰かが火打ち石を擦った。スマホは日常的な充電完了音を鳴らし、こう表示した。
《次の端末へ火を移します》