借金欄は血を忘れない
銀行家たちを招いた婚約祝宴で、レオニード伯爵令息は巨額の債務一覧を掲げた。
「パオリーナ・クレモナが私の名で借金を作った。結婚後に家産を奪う計画だ。婚約を破棄する」
一覧には領地十年分の収入を超える数字が並ぶ。計算に強いパオリーナなら、巧妙な偽造もできるだろうと客は頷いた。
彼女は婚約後、レオニードの帳簿を三度立て直した。浪費を責める代わりに返済計画を作り、領民の税だけは使わないと約束させた。だが彼は新しい借用証が届くたび、『結婚すれば君の金も私の金だ』と笑った。
今夜の一覧には、彼女が知らない借金まで増えている。偽造したのではなく、隠していた総額を初めて見せられたのだ。それでもパオリーナは驚きを顔に出さなかった。数字は大きくても、条項は一行で足りる。
彼女は数字を最後まで読んでから笑った。
「債務を婚約契約へ登録できるのは、どなたですか」
「財務担当の君だ」
「第十条は違います」
王立銀行総裁ゼノンが、債務整理を兼ねた婚約契約を開いた。第十条――債務は債務者本人の血と声でのみ登録され、登録者の名は消去できない。
一覧の下に、濃い赤の文字が浮かぶ。
『登録者、レオニード。用途、競走馬四十頭、宝石賭博、南海別邸』
最後の借入日は昨夜。今夜の断罪に間に合わせるよう、彼は自分で債務を増やし、その一覧を彼女が作った偽造品として掲げたのだった。
客席から小さな笑いが漏れた。
「結婚すれば君の家産で返せる。夫婦の借金になるのだから、結果は同じだ!」
「だから先に、わたくしの罪へ書き換えたのですね」
レオニードは婚約破棄を撤回し、借金の半分だけ負担すれば許すと言い出した。
パオリーナは債務一覧の末尾へ指輪を置いた。
「許される必要はございません。あなたの借金は、最初から最後まであなたのものです」
元婚約者に背を向ける。ゼノンが銀行の正面扉で手を差し出した。パオリーナは一枚の借用証にも署名せず、その手を取った。