値札のない宿屋
「客が今日使っても飢えない金額が見える? 財布を覗くだけの無能だ」
宿場組合の試験で、ロアンは帳場から追い出された。
【固有技能:《余裕銭》――相手が今日支払っても翌日の食事に困らない上限額だけが見える】
財産総額も身分も分からない。宿場伯ニルダは「値段は部屋で決めるものだ」と言った。
その夜、山崩れで街道が閉ざされ、旅人五百人が宿場へ流れ込んだ。組合は一律銀貨一枚と定めた。だが荷運び人には高すぎ、富商には安すぎる。貧しい者は軒下で凍え、金持ちは複数部屋を押さえ、空室があるのに泊まれない者が出た。街道再開は三日後と告げられ、宿場の食料にも限りがある。固定価格は公平に見えて、金のない者を締め出し、金のある者には必要以上の部屋を買わせていた。限られた寝床を、必要度と付加サービスで配り直すしかない。空室を残すことが、最も大きな損失だった。
ロアンは廃業寸前の大宿を借り、値札を外した。
客ごとに《余裕銭》を見て、最低は銅貨二枚、最高は銀貨五枚。払える額が少ない者には相部屋と温かい粥、余裕ある者には個室、湯浴み、馬の手入れを付ける。部屋そのものではなく、残り少ない席と追加の便利へ値段を付けた。
さらに到着順ではなく、家族、病人、翌朝早く発つ商人を分け、空室が出る時刻を札にした。夜半までに全員が屋根の下へ入り、富商から得た利益で荷運び人の粥代まで賄えた。
組合の宿は一律価格を守った結果、高い部屋が売れ残り、食堂だけ混雑した。ロアンの宿は満室でも廊下が静かだった。
ニルダは帳簿を調べた。安く泊めた客が多いのに、利益は組合宿の倍ある。
「貧者には安く、富者には高く。身分差を売ったのか」
ロアンは首を振る。
「同じ一泊でも、必要なものが違います。払える額ではなく、選べる組み合わせを増やしました」
宿場伯は固定料金表を外し、裏返した。
「財布を覗く無能だと思った」
ニルダは組合の金鈴をロアンへ渡した。
「おまえは客の残金ではなく、宿場全体の空きを値段へ変えた」