停止線の赤いランプ
槙島絹代は、工場で一番古い制御盤を知っていた。
画面を指で払うより、配線図を開く方が早い。新しい表示が何色でも、最後に機械を止める信号がどの線を通るかだけは必ず追った。野々宮工場長は、それを時代遅れと呼んだ。
「新しいロボットに触らせるな。ボタンを覚えられない人間は、掃除でもしていればいい」
自動溶接ラインの更新初日、絹代は安全柵の赤いランプが、一瞬だけ遅れて点くのを見た。
作業員が柵へ近づけば、本来はロボットアームが先に停止する。表示灯は、その停止を確認してから点くはずだった。だが停止信号と表示灯の順番が逆だった。
絹代は試運転を止めた。
「インターロックが迂回されています」
野々宮は再開ボタンを押した。
「診断画面は正常だ。昔の勘で新設備を止めるな」
絹代は主電源ではなく、床際の機械式非常停止を踏んだ。
巨大なアームが、作業員の立つ停止線の手前で止まる。
その直後、診断画面には《正常停止》と表示された。
だがアームの先端は、停止線を十五センチ越えていた。踏み込んだ作業員がいたなら、胸の高さをアームが横切っていた位置だ。
設備メーカーの技師・奥城が駆け寄り、制御装置へ直接接続する。
通常画面から隠された保守設定で、安全信号の待ち時間が三秒に変更されていた。生産速度を上げるため、停止処理だけ後回しにされている。
「試運転の調整だ」
野々宮が言った。
奥城は変更履歴を表示した。
工場長カードの番号と、変更時刻が残っている。
さらに奥城は絹代を見て頭を下げた。
「槙島さん。この安全回路の原型を設計した方ですよね」
若い作業員たちが振り返る。
絹代は二十年前、この工場へ最初の産業ロボットを導入した制御技師だった。介護休職から戻ったあと、肩書だけ外され、復帰後は『再教育中』の札を付けられていた。配線図に残る設計者記号だけが、彼女の仕事を覚えていた。
奥城は本社の安全統括へ映像を送り、再稼働条件を確認した。
工場の全画面に、一行の指示が表示される。
《槙島絹代の承認があるまで、当該ラインの起動を禁止する》