傷口の人数

野戦療養幕には、縫い糸が足りなかった。

敵の夜襲を受けた直後で、負傷者は床にも通路にも転がっている。医師は逃げ、薬箱は焼けた。

ウェナは自分の腹から黒い糸を引き出した。彼女の身体は、死者の皮を縫い合わせて造られている。人間の傷を一つ自分へ縫い移せば、その者の肉は閉じる。

代わりにウェナは、その痛みと引き換えに自分の記憶を一つ失う。

最初の兵士は喉を裂かれていた。傷を指でなぞり、自分の首へ縫う。男は息を吹き返し、ウェナは初めて雪を見た日のことを忘れた。

二人目の腹の穴を移す。母の声が消えた。

三人目の焼けた両手を縫うと、誰に裁縫を教わったのか分からなくなった。

傷が増えるたび、彼女の身体には別々の血が流れた。喉から男の咳が出て、左手は老女の癖で震え、腹の傷は若い兵の名を呻いた。

幕の奥から、キゼが運ばれてきた。

胸に槍が刺さり、鼓動が糸のように細い。

「姉さん」

彼はウェナをそう呼んだ。

彼女はその言葉を知っている。キゼと同じ家で育ち、彼のために人を守る道を選んだことも覚えている。しかし傷を移せば、その記憶が奪われる予感があった。

胸の傷は深く、一本では足りない。

ウェナは自分の縫い目をすべてほどいた。腹、腕、首。身体を形作っていた黒糸をキゼの胸へ通し、裂れた心臓を一針ずつ閉じる。

一針目で、彼の幼い顔が消えた。

二針目で、名前の意味を忘れた。

三針目で、姉という言葉から温度がなくなった。

最後の糸を結ぶと、キゼの鼓動が強くなった。

代わりにウェナの身体は崩れ、他人から移した傷だけで辛うじて立っていた。縫い目の隙間から、何人もの声が漏れる。

「姉さん、僕だ」

キゼが抱き止める。

ウェナは彼を見た。胸の傷が、この人を守ったのだと教えている。だがなぜ守ったのかは分からない。

「あなたの傷は、何人目ですか」

キゼは答えられなかった。

夜明け、療養幕から二十七人が自分の足で出た。

最後に現れた異形の身体には二十七の傷口があり、それぞれが別の名を囁いていた。ウェナという名を呼ぶ口だけは、もう一つも残っていなかった。