入室しない通過

御影千景は二番扉を開くと、頭上のドアクローザーへ両手でぶら下がった。身体を振り子のように前へ投げ、つま先から後頭部まで敷居の向こうへ抜く。その先は底の見えない縦穴だった。

葛西晶が息を呑む。

千景は落ちなかった。反動で身体を戻し、同じ敷居を逆向きに越えて室内へ着地した。二番の通過灯が緑に変わる。

規則は一つだけ。

――二番扉を最初に通過した者を勝者とする。

晶は扉の先へ進み、向こう側の床へ降りることが「通過」だと思っていた。だから開いた先が縦穴だと分かると動けなくなった。飛び込めば死ぬ。別の足場や隠し橋を探すしかないと壁を調べ始めた。

千景は、敷居の上に赤外線が一本走っているのを見ていた。判定装置が見ているのは、その平面を身体が横切ったかどうかだ。扉の向こうに留まることも、床へ足を着けることも規則にはない。

晶は床の矢印を示した。だが矢印は避難方向を示す設備表示で、規則の一部ではない。千景は開始前から、判定用の光が扉の面に沿って一本だけ張られていることを確かめていた。

「戻ったじゃないか!」

「戻る前に、一度全部通った」

千景の服の裾まで、確かに縦穴側へ抜けた。反動で帰ってきただけだ。二度目の通過は勝利後なので関係ない。

主催者は、死を覚悟して飛び込むか、相手を突き落とすかという映像を望んだのだろう。そのため扉枠だけは頑丈に造り、上部の金具も人の体重に耐える業務用を使った。安全な舞台を作るための強度が、千景の振り子を支えた。

晶は同じことをしようと取っ手へ走る。だが二番扉は千景の判定と同時に閉じ、錠が赤く変わった。

〈全身の平面通過を確認。最先着者、御影千景〉

首輪が外れる。

晶は縦穴を覗き込み、床がないことを呪うように唇を噛んだ。

千景は肩を回し、軋んだドアクローザーを見上げる。

「向こうへ行くことと、向こう側を通ることは同じじゃない」

勝者用の扉が別の壁に開き、二番の先の闇は一度も誰も受け入れないまま閉じた。