六本爪の指輪

挙式まで十分。水上廉は控室の机で、安西茉白の婚約指輪をルーペ越しに見ていた。

廉は宝飾店の修理職人だ。招待客として来ていたところ、ベールに引っかかった爪が一本浮き、急きょ工具を借りることになった。

中央のダイヤを見た瞬間、手が止まった。内包物の位置まで覚えている。石を選んだ日、廉は顕微鏡の中の小さな影を〈二人だけの目印〉と呼び、茉白も笑って頷いた。四年前、廉が茉白へ渡し、別れた日に返された石だった。

「これ、俺が選んだダイヤだ」

茉白は目を伏せた。

「返したあと、売った。持っていられなかったから」

「それを買い戻して、別の男の指輪にしたのか」

新郎が控室へ入ってきた。

「買い戻したのは僕です」

茉白が質店へ売った記録を、新郎は偶然見つけたのではない。彼女が「返した指輪のことだけは、今も自分を責めている」と話したため、店を探し、石がまだ系列倉庫にあることを突き止めたという。

「過去を消すためですか」と廉が聞く。

「逆です。消せないなら、隠さず材料にしようと思いました」

茉白が別れた理由を、廉は「結婚したくないから」と聞いていた。彼女は今、ようやく言った。

「あのとき、あなたのお母さんから、借金を肩代わりしないと結婚を認めないと言われた。あなたに言えば家族を捨てると思って、私が逃げた」

「母は、そんなことを」

「翌月、謝罪の手紙が来た。でも、あなたはもう連絡先を変えてた」

茉白が見せた封筒には、廉の母の字があった。日付は、彼が彼女を責め続けたすぐあとだ。

六本ある爪の一本が浮いただけで、石は落ちる。関係も同じだった。残り五本で支えられているうちに直せたはずなのに、二人は互いの沈黙を理由に手を放した。

鐘が鳴る。廉は工具を取り、浮いた爪を石へ沿わせた。力を入れすぎれば欠ける。弱ければ抜ける。最後に全周を確かめる。

指輪を新郎の掌へ返し、修理済みの札を結んだ。茉白の指には、自分ではなく彼がはめるのを見届けてから、ルーペをケースへ戻した。