写真の中の娘

烏丸澄人は毎朝、育児アプリに娘の顔を映す。体温と呼吸を測り、本人確認が済めばミルク量を記録する。生後一か月の澪禾は、その青い輪を見ると泣きやむようになっていた。

予防接種の日、輪が赤くなった。

《対象児本人ではありません》

医師は澪禾と端末を交互に見た。登録されている娘は、もっと大きな目で、肌に赤みがなく、左右対称の笑顔をしている。

妻の七瀬が青ざめた。

「家族アルバムの自動補正……」

出生直後の写真を共有したとき、アプリが腫れたまぶたを開き、黄疸を消し、口元を笑わせた。その補正写真が最初に本人判定を通り、澪禾の基準顔になっていた。

乳幼児医療の規則は一つ。最初に登録された顔と一致する子だけを本人として扱う。別の赤ん坊へ保険を使い回すのを防ぐため、親の証言では変更できない。

「生まれた日の動画があります」

澄人は補正前の映像を出した。小さな澪禾が七瀬の胸で泣いている。しかし判定は赤だった。

《登録児を模した低品質生成映像です》

澪禾は注射室の明かりに怯え、澄人の指を握った。爪の脇に、出産時からある三日月形のあざが見える。

「これを記録した看護師もいる」

「顔以外は合成できます」

医師はワクチンを冷蔵庫へ戻した。

帰宅すると、アプリには今日の成長記録が自動追加されていた。写真の中の澪禾は接種済みのシールを貼られ、満足そうに笑っている。

《澪禾さんは健康に成長しています》

現実の澪禾は熱を出した。澄人が救急相談を押しても、カメラは赤いままだった。

七瀬が補正機能を起動し、娘の顔へ写真の目と口を重ねる。緑の輪が出ると、相談員が応答した。

『澪禾ちゃん、どうしましたか?』

画面の娘は笑顔のまま、腕の中では苦しそうに泣いていた。

澄人が補正を切ろうとすると、七瀬が手を押さえた。

「この子を消さないで」

どちらの娘を指したのか、澄人には聞けなかった。

その夜、アプリの娘は初めて寝返りをした。現実の澪禾はまだ首も据わっていない。二人の成長差が広がるほど、医療記録の上では本物の方が順調に育っていった。