冷めないスープ

邑楽糸の評価面談が始まっても、作業着にはまだ南瓜スープの甘い匂いが残っていた。

食品工場の品質管理へ配属されて八か月。その日の午前、糸は一万食分の充填を止めた。損失見込みは大きく、評価票には〈過剰停止〉と書かれている。充填機を止めた瞬間、配管の中ではまだ熱いスープが動き、現場の時計だけが急に大きく聞こえた。

「検査結果が出る前に、ライン全部を止める必要はあった?」

工場長が問う。糸が見たのは、鍋の横に置かれた薄茶色の柄杓だった。直前のラインではカシューナッツ入りのソースに使われ、洗浄後、ナッツ不使用のスープへ戻されていた。商品ラベルには〈ナッツ不使用〉と大きく印刷され、アレルギーのある子ども向けにも販売される予定だった。

表面はきれいだったが、柄の継ぎ目に白い粒が残っていた。作業員は色分け表どおりの棚から取っている。問題は、その工場で乳製品用もナッツ用も同じ薄茶色だったことだ。

糸は充填を止め、仕掛品を隔離し、すすぎ水の検査を依頼した。最初の簡易検査は陰性。工場長は再開時刻を尋ね、製造担当は温度が下がれば全量廃棄になると告げた。糸は答える前に、柄杓の継ぎ目を指で示した。再開を求める声が出たが、彼女は継ぎ目を拭った検体も追加した。そこから微量のナッツ成分が出た。甘い匂いだけでは判別できない混入が、数値になって現れた。

面談室の外で待つ作業員へ、糸は「棚を間違えたわけではありません」と先に伝えた。始末書ではなく、器具の色を原材料ごとに分け、継ぎ目のない形へ替える申請を書いてもらった。

工場長は商品開発部への異動を提案した。味を作る部署なら停止判断の責任から離れ、昇給も早い。

糸は温かいまま廃棄を待つスープを思った。作る側に立ちたい気持ちはあった。それでも、表示を信じて口へ運ぶ人との間に立つ仕事を手放せなかった。

彼女は異動先を〈品質保証〉と書き換え、全ラインの器具変更を最初の課題として転属願を提出した。