十七時一分のキャンセル

国際会議のケータリング取消精算で、伊佐治岳は小さな仕出し会社の受注担当として、食材費五百万円の負担を迫られていた。主催会社の折笠ディレクターは、開催前日午後五時までに取消したため支払義務はないと言う。

取消メールの表示時刻は午後四時五十九分。契約の締切二分前だった。

岳はメールサーバーの配信証明を示した。主催会社の送信サーバーが受け付けたのは午後五時一分二秒。折笠のパソコン時計だけ三分遅れていた。

折笠は送信ボタンを押した時点が意思表示だと主張した。

「では、その時刻の画面記録を見せてください」

提出されたスクリーンショットには四時五十九分とあるが、右下の天気ウィジェットは、午後五時に更新された降雨表示になっていた。画像の作成時刻も午後五時十八分。後から時計を戻して撮ったものだった。

さらに折笠は、食材発注前だから損害はないと説明した。岳は仕入先の納品書を並べた。牛肉、鮮魚、果物、計千二百人分。前日正午に主催会社の最終人数確認を受け、折笠の承認印を確認してから仕入れている。

折笠は、余った食材を別の宴会へ回せと笑った。

岳は食品衛生記録を出した。宗教・アレルギー対応で個別加工済みの食材が多く、転用できない。しかも会議中止は一週間前に社内決定され、スポンサーへの通知も済んでいた。仕出し会社への連絡だけを締切後まで遅らせている。

会社の料理長は、次の発注のため半額で妥協しようと岳に囁いた。

岳は取消精算書の時刻欄へ配信証明を重ねた。

「料理は冷ませます。でも、五時一分を四時五十九分には戻せません」

岳は中止を知ったスポンサーへのメールも示した。主催会社は一週間前の時点で、会場費の取消交渉を始めていた。仕出し会社だけへ連絡しなかった理由を尋ねると、折笠は答えられない。食材を仕入れさせてから、時刻を戻して全損を押しつける計画だった。

主催会社の役員が取消承認印を止めた。二分遅れたメールが、五百万円の食材を下請けの損失へ盛り付けるのを防いだ。