十九時便を外す
東雲芹は転勤辞令を断り、会社も辞めることにした。
物流会社の配車担当として地方拠点を回るのが昇進条件だった。芹は祖母と暮らしている。笠松いちかは独身なら異動できると思っていたし、介護を理由に経歴を止めるのは惜しいと言った。
芹は「家族がいる人だけが生活を持ってるみたいに言わないで」と返した。いちかは、自分が仕事を最優先にしてきたことまで責められた気がした。
退職まで残り五日、夕方の配車表に無理な便が入った。十九時に埼玉を出る運転手へ、二十二時の静岡積み込みが割り当てられている。渋滞を考えれば間に合わず、休憩時間も削られる。
営業は「本人が行けると言っている」と押し切ろうとした。芹は運転手へ電話した。声は明るかったが、今日すでに十時間近く動いている。
「外します」
芹が便を未配車へ戻すと、いちかは画面を見た。
「代車、ないよ。明朝便にずらしたら違約金」
「だから行かせる?」
「配車は感情じゃなくて数字で組む」
「その数字に、休憩が足りない」
いちかは黙って運行記録を開いた。前日の終了時刻、当日の点呼、荷待ち時間。計算すると、営業の申告より稼働が一時間長い。芹の言うとおりだった。
「私は残るから、違約金の説明もする」
「私は辞めるから、外すだけ?」
「そうは言ってない」
いちかは十九時便を削除し、芹は静岡側へ翌朝の枠を確保する電話をかけた。営業から抗議が来る。いちかは遅延理由を「運転手都合」ではなく「配車計画不備」と入力した。芹は責任部署へ自分たちの課名を選んだ。
運転手から「助かった」と短いメッセージが届いた。芹は返信せず、いちかも画面を閉じなかった。二人で翌週の配車表を洗い直し、同じような無理が三件あるのを見つけた。
「転勤してたら、こういうの変えられたかもね」
「残ってても、祖母の夕飯は作れない」
どちらの選択にも、相手の正解は入らなかった。
二十二時、修正した配車表を印刷した。芹が左端を持ち、いちかが右端を持って掲示板へ運ぶ。十九時便の欄だけが白く空き、その空白を二人で磁石の下へ留めた。