十九番の手紙
下駄箱の十九番に、折りたたまれた手紙が入っていた。
『放課後、旧体育館の裏で待っています。必ず来てください』
名前はない。
十九番の下駄箱を使っている私は、昼休みから落ち着かなかった。告白かもしれない。呼び出して殴るほど恨まれてはいないはずだ。たぶん。
友達に見せると、便箋の匂いを嗅いで言った。
「恋の匂い」
「紙の匂いでしょ」
「返事、考えときな」
「相手もわからないのに」
「誰でもいいような言い方」
放課後、旧体育館の裏へ行った。
そこには男子が一人いた。
互いに顔を見て、同時に訊いた。
「呼んだ?」
「呼ばれた」
男子も同じ手紙を持っていた。
彼は三年の十九番。私は二年の十九番。下駄箱は上下に並んでいる。差出人がどちらへ入れるつもりだったのか、わからない。
「字、同じだね」
「コピー?」
「告白を大量配布?」
「効率的すぎる」
二人で壁にもたれて待った。
五分。十分。誰も来ない。
男子は、告白だと思っていなかったらしい。
「部活の後輩かな。昨日、怒鳴ったから」
「謝られる側?」
「たぶん俺が謝る側」
「じゃあ何で待たされてるの」
「演出」
私は手紙を何度も開いた。『必ず』だけ筆圧が強い。
十五分後、旧体育館の扉が開いた。
出てきたのは用務員さんだった。
「君ら、何してる」
「待ち合わせです」
「ここ、今日から蜂の巣の駆除で立入禁止だぞ。昼に注意の紙を入れたんだが」
用務員さんが見せた控えには、こう書いてあった。
『放課後、旧体育館の裏へは必ず来ないでください』
印刷機の不調で、『へは』と『ないで』の部分が抜けたらしい。しかも注意対象の下駄箱へ何枚も配ったという。
恋の匂いは、殺虫剤の匂いだった。
私たちは慌ててその場を離れた。
昇降口まで戻る途中、男子が笑い出した。
「返事、考えてた?」
「考えてない」
「顔赤いけど」
「走ったから」
「十メートルしか」
「蜂が怖いの」
彼は自分の手紙を半分に裂き、片方を私へ渡した。
「記念」
「いらない」
「十九番同盟」
「何の」
「次に匿名の手紙が来たら、二人で確認する」
翌日、私の下駄箱に新しい紙が入っていた。
『昨日は間違えてごめんなさい。用務員』
今度は全文読めた。
その下へ、別の字で一行足されていた。
『放課後、購買。これは本当に十九番へ。』
文化祭でも卒業式でもない、ごく普通の放課後だった。
けれど私の最初の待ち合わせは、告白ではなく蜂の巣から始まった。