十二分間の休憩室
閉館後の水族館で、館長の潮境凱が濾過制御室に倒れていた。青い非常灯の下、発見は午後十時十分ちょうど頃。工具で後頭部を殴られ、操作卓の前で死亡している。医師は十時前後の犯行と見た。
容疑者は警備システム担当の六波羅絹、獣医師の紀尾井渉、寄進会社代表の天城屋蘭。三人は九時五十分から十時十分まで、職員休憩室の防犯映像に並んで映っていた。六波羅は書類を読み、紀尾井は珈琲を飲み、天城屋は電話をしている。濾過制御室までは暗いバックヤードを抜けて往復六分。休憩室前にも警備端末があり、映像どおりなら全員にアリバイがある。
潮境はその夜、六波羅には保守費の水増しを、紀尾井には薬品管理の違反を、天城屋には寄進条件の撤回を告げた。三人は閉館後も館内へ残り、制御室の位置と館長の巡回時刻を知っていた。
映像から拾えた手掛かりは三つだけだった。第一に、休憩室の鏡に映るデジタル時計が九時五十九分の次に九時四十八分へ戻っていた。第二に、背後の小型水槽で上がる大きな気泡の並びが、十二分後に寸分違わず繰り返された。第三に、電子扉の記録では午後十時二分、六波羅の保守用カードだけが休憩室側から制御区画へ入っていた。
六波羅は「カードは複製された」と言った。しかし映像が生なら、そもそもカード記録と矛盾する。映像の時刻と気泡の反復は、九時四十八分から十二分間の映像が繰り返し再生されたことを示していた。
「三人が映っていた二十分間は、実際には十二分の輪です」私は監視端末を止めた。「六波羅さんは九時四十八分から十時までの休憩室映像を循環させ、十時二分に保守カードで制御区画へ入り、館長を殺した。戻るまで同じ三人が画面上で休み続ける。時計の巻き戻り、同じ気泡、あなたの入室記録がその一周を証明します。紀尾井さんと天城屋さんは部屋に残り、画面から消えたのはあなただけでした。全員のアリバイ映像ではなく、あなた一人の不在を隠す輪だったのです」