十八度の死角

編集者の蛭子井は、壁も床も見渡せる三百六十度カメラを置いた会議ブースへ入り、内側から鍵を掛けた。オンライン企画会議の参加者は、画面を回して室内に誰も隠れていないことまで確認した。ところが十二分後、蛭子井が背後から殴られた。警備員が開けると犯人はおらず、扉は閉めれば施錠される。

容疑者は映像設備を設置した押小路、作家の脇坂、出版社役員の松籟。三人とも会議中は別の画面に映り、蛭子井が盗作企画を公表すれば困る。押小路は「全周カメラに死角はない」と繰り返した。

全周カメラは参加者が指で視点を動かせる型で、脇坂は天井まで、松籟は机の下まで確認していた。押小路は死角検査を自ら案内し、蛭子井も笑って一周した。それだけに、誰かが室内へ潜んでいたという発想は最初から退けられた。機械が見せた全景を、人間の目より完全だと信じたためだった。

録画の継ぎ目に手掛かりは三つだけあった。

第一に、背後の白い縦線が二本に複製され、その間十八度だけ壁紙の模様が静止していた。

第二に、蛭子井がペンを振った時、その先端が同じ範囲へ入ると一瞬消えた。

第三に、カメラ設定には十八度幅の固定画像を重ねる「機密マスク」があり、作成者は押小路だった。

脇坂が画面を指で回すと、見えているはずの一角だけ照明の揺れにも反応しなかった。全周映像の一部が、壁の写真で塞がれていたのである。

「押小路は会議前、その十八度の扇形へ身を潜めた」私は言った。参加者が画面を回しても、固定画像が彼を覆う。蛭子井を襲って接続を切り、退出して扉を閉めれば密室になる。複製線が画像の境を、消えるペンが隠された範囲を、設定記録が作成者を示す。全周を映す機械ほど、誰も死角を疑わない。犯人が隠れたのは部屋の隅ではなく、映像から切り取られた十八度だった。 完全な全景という宣伝文句が、最も狭く深い隠れ場所を作った。 参加者が何度見回しても、同じ偽の壁だけが返ってきた。 視点を動かせる自由さが、映像自体を疑う目を奪っていた。