十円玉の電話
祖母の施設へ向かう前、私は高校時代の通学路にあった電話ボックスを探した。角の空き地は駐車場になり、緑色の箱はもうない。財布の小銭入れから十円玉を一枚出すと、冷たい縁に祖母の声が重なった。
高校二年の頃、家へ帰りたくない日は電話ボックスから祖母へ電話した。両親の喧嘩が続き、玄関の灯りを見るだけで息が苦しくなったからだ。十円で話せる時間は短く、祖母は決まって最初に言った。
「今日は何色の空?」
私は灰色、薄紫、みかん色、と答えた。理由を聞かず、祖母は空の色に合わせた昔話を一つだけしてくれた。電話が切れる頃には、家までの残り五分を歩けるようになった。
今、祖母は私の名前を思い出せない。面会のたび「どちらさま」と丁寧に笑う。その笑顔がつらくて、私は仕事を理由に訪ねる回数を減らしていた。
駐車場の隅に、電話ボックスの跡らしい四角い色違いの舗装が残っている。私はそこへ立ち、施設へ電話をかけた。職員に祖母へ代わってもらう。
「もしもし」と、遠い声がする。
名乗ろうとして、やめた。
「今日は何色の空?」
長い沈黙のあと、祖母は「白に、少し青」と答えた。私を覚えているからではない。ただ窓の外を見て、尋ねられたことに答えただけだ。それでも胸の奥に、十円玉が落ちるような小さな音がした。
「じゃあ、白い鳥の話を持っていくね」
電話を切り、十円玉を財布へ戻す。記憶を取り戻してもらうために会うのではない。今日の空を一緒に見るために行くのだ。
十円玉には平成の年号が刻まれている。あの電話に使った硬貨ではない。それでも同じ重さを掌に載せれば、受け取った時間を今へ運べる気がした。今度は私が、短い通話の先へ物語を届ける番だった。
施設までの道は、かつて家へ帰るより長い。それでも足は止まらなかった。祖母が忘れた物語を私が覚え、私が歩けなかった日の色を祖母が支えてくれた。その往復が消えない限り、名前を呼ばれなくても、私はもう電話の向こうに置き去りではなかった。