十四分遅れの証言

 再審請求の締切まで、あと十四分だった。

 片岡美冬は、駅前のコピー店で申立書をスキャンしていた。そこへ相良哲生が息を切らして入ってきた。

「これを添付して」

 差し出されたのは、署名入りの証言書だった。

「三年前に出してほしかった」

「言えなかった」

「その言葉、まだ使うんだ」

 三年前、美冬は取引先の入札情報を漏らしたと疑われた。情報が送信された時刻、彼女は哲生の部屋にいた。二人は同じ会社で、社内恋愛を禁じる部署に所属していた。

 哲生が証言すれば、美冬の疑いは晴れた。代わりに二人の関係が明るみに出て、彼も処分される可能性があった。

 彼は黙った。事情聴取の廊下で目が合っても、仕事仲間の顔をした。美冬は、二人で過ごした夜より、その一秒のほうを鮮明に覚えている。

 美冬は降格を受け入れ、半年後に退職した。哲生とも別れた。真犯人が別件で発覚し、会社が記録の訂正を受け付けたのが今月だった。

「言えなかったんじゃない。言わなかったの」

「うん」

「自分の席を守るために」

「うん」

 店内放送が閉店十分前を告げる。スキャナーの青い光が、証言書をゆっくり横切った。

「どうして今さら」

「今の会社も辞めた。だから出せる、じゃない。辞める前に出すべきだった」

「それで許されると思う?」

「思わない」

 哲生の証言書には、保身のため沈黙したと明記されていた。誰かに書かされた謝罪ではなく、自分の卑怯さを自分の名で残す文章だった。

 美冬は彼をまだ好きだった。だから好きと言えなかった。哲生の沈黙で失った三年が、今の一枚で埋まるはずがない。

「言えなかったって言えば、怖かった自分まで被害者にできるよね」

「もうしない」

「じゃあ言って」

「何を」

「私が疑われたとき、あなたは何を選んだの」

 哲生は証言書ではなく、美冬を見た。

「自分を選んだ。君を一人にした」

 残り三分。

 美冬はファイルを添付した。申立書の最後には、哲生の名も証人として入力する。

「今度は、言えなかったじゃなくて?」

「言う。嫌われても、不利になっても」

 美冬は送信ボタンを押した。受付完了の時刻は二十三時五十八分。

 終電の案内が鳴ったが、彼女は走らなかった。哲生の番号を着信拒否の一覧から外し、証言書の原本を二人の間に置いたまま、次の言葉を待った。