十歩ごとに研ぐ鎌

嵐雲が西の山を越えるまで、残り三刻だった。

 刈り遅れた銀麦は、濡れれば穂が裂け、領軍へ納める種籾まで失う。村の刈り手は四十人いたが、鎌は刃こぼれし、一振りで麦を三度も撫でていた。

 領主の監督官は「日没までに終わらぬ畑は領地へ没収する」と馬上から告げた。

 鈴鹿野智成は、刈り手全員へ小さな砥石を腰から下げさせた。

「研ぐ時間があるなら一本でも多く刈れ」

 監督官モルガは嘲る。従来の親方も、朝一度研げば日暮れまで使うものだと譲らなかった。

 智成は一枚の畑を二つに分けた。二十人は従来どおり、二十人は十歩刈るごとに鎌を二、三度だけ砥石へ滑らせる。角度を寝かせ、刃先だけを整えた。

 開始から半刻、差はわずかだった。

 一刻後、従来組は肩で息をし、一束を切るのに平均四振りかかった。智成の組は一振りで根元がそろい、刈り跡が一直線に伸びる。研ぎ時間は一回十秒ほど。止まった時間以上に、無駄な振りが消えていた。

 二刻後、従来組が四反を終えたとき、智成の組は十一反を刈り終えていた。手の豆を潰した者は従来組で七人、智成の組では一人もいない。

 束を一つ作るまでの時間も、従来組は九十秒から百四十秒へ遅くなったのに、研ぎ組は終盤まで四十八秒前後を保った。疲労で差が縮むどころか、広がっていた。

「若い者を集めたからだ」

 モルガが班を入れ替えた。老人と負傷兵へ研いだ鎌を渡しても、一束の平均は一・三振。屈強な兵へ鈍い鎌を渡すと四・一振だった。差を作ったのは腕力ではなく刃だった。

 智成は親方の鎌を借り、砥石を三度当てる。穂を一握りして引くと、麦は音もなく落ちた。

 遠雷が鳴ったとき、最後の一反が刈り終わった。三十九反、作業時間二刻と半。去年は同じ人数で十七反だった。

 監督官の没収札へ、最初の雨粒が落ちた。

 領主は刈り束の数を確認し、札を折って智成の砥石入れへ差し込んだ。

「領軍用の砥石四百個を発注する。秋刈りの総指揮は智成に任せ、救った種籾の十分の一を褒賞とする」

 村人たちは鎌ではなく、砥石を高く掲げた。