午前四時の喪服
笠原蒼生は、祖父の葬儀を終えた翌朝から出張だった。二十六歳。借りた喪服を返すため、深夜に実家のスマート洗濯機へ入れた。
洗濯機の蓋には、祖母が油性ペンで書いた注意が残っている。
《午前四時に、家の喪服を洗ってはいけない》
笠原家では四時を「着替えの時刻」と呼び、死者が濡れた服を脱いで家の誰かの服を借りるという。蒼生は、昔の洗濯音が近所迷惑だった名残だと思った。
祖母の洗濯日誌では、四時に喪服を洗った年だけ重量が衣類ではなく人の体重で記録されている。洗い上がり欄には《一名不足》、翌日の死亡欄にはその家で最も若い男の名があった。最後の記録は祖父の父の葬儀で、当時の不足者は祖父だった。
時計は三時五十分。標準コースは一時間かかるが、予約運転なら出発までに乾燥も終わる。蒼生は開始時刻を四時に設定した。禁忌を破った操作は、その一度だけだった。
四時ちょうど、寝室のスマートフォンが振動した。
《衣類重量:63.4kg》
《着用者一名を洗浄しています》
続いて洗剤の自動注文が入り、商品名は《記憶落とし・若年者用》、使用量は蒼生の年齢と同じ二十六ミリリットルだった。
祖父の体重と同じだった。蒼生が洗面所へ行くと、洗濯槽は回っていない。代わりに廊下から、濡れた革靴で歩く音がした。喪服は槽から消え、排水口へ黒い袖だけが吸い込まれていった。
出張先では、同僚が蒼生の背中を見て「まだ礼服なのか」と言った。蒼生はパーカー姿だったが、監視カメラの映像では濡れた喪服を着ている。顔は祖父、首から下だけ蒼生だった。
返却期限を過ぎたレンタル店から通知が来た。返却状況は《着用中》、利用者は祖父の名前。位置情報は蒼生の身体と重なっていた。
夜、洗濯機アプリが完了音を鳴らした。
《すすぎが終わりました。着用者を取り出してください》
直後、スマートウォッチが防水モードになり、蒼生の肺から水を排出するような咳が出た。画面には、いつもの健康通知と同じ調子で一行が表示された。
《笠原蒼生さんの乾燥を開始します》