半分だけの招待券
香耶の財布には、ミシン目で半分に切られた文化祭の招待券が入っている。
高校二年の秋、教室を小さな菓子店にした。母は「午後三時には行く」と言っていた。香耶は入口係を代わってもらい、三時から閉店まで廊下を見続けた。
母は来なかった。
仕事だったのだと、あとで短いメッセージが届いた。忙しいのは知っていた。朝から何度も時計を見ていた自分が恥ずかしくて、友達には『別に期待してない』と言っていた。それでも文化祭が終わり、客のいなくなった教室で、未使用の招待券だけが新品のまま残っているのが苦しかった。
皆が帰ったあと、結月が厨房用の帽子をかぶり直した。ショーケースには売れ残った小さなクッキーが二枚ある。
「一名様ですか」
ふざけた声で訊き、香耶の招待券を受け取った。ミシン目をゆっくり切り、半券をレジ代わりの箱へ入れる。残り半分は香耶へ返した。
「来たことにはしないよ」
結月はそう言った。母の代わりにもならないし、気にするなとも言わなかった。ただ、香耶が待っていた時間までなかったことにせず、閉店後の客として席へ案内した。
二人で冷えた紅茶を飲み、クッキーを一枚ずつ食べた。結月は普段どおり、今日一番困った客の話をした。香耶も、母のことを無理に話さなかった。沈黙を埋めなくても席を立たない人がいるだけで、待ち続けた時間が少しほどけた。甘さは弱く、窓の外では模擬店の看板が外されていた。
九年後、香耶は初めての写真展を開く。案内状を書きながら、母の住所の前で手が止まった。来られるか分からない。期待すれば、また傷つくかもしれない。
財布から半券を出す。あの夜、結月が残してくれたのは、誰かが来なかった事実と、それでも自分の時間が終わらなかった事実だった。
香耶は母宛ての案内状を封筒へ入れた。〈無理なら大丈夫〉とは書かなかった。来てほしい、とだけ書いた。
赤い郵便ポストの口へ封筒が落ちる音を、香耶は最後まで聞いた。投函したあと、半券は財布へ戻さず、展示準備の手帳に挟んだ。
待つだけだった少女のためではなく、自分から扉を開ける今のために。