半分だけ焼けたアボカド

轟木慧太が別れを告げられた理由は、「どっちでもいい」だった。

 夕食を選ぶときも、休日の行き先も、同棲する部屋も、慧太は恋人の希望に合わせた。優しさのつもりだった。けれど三年間で彼女が聞きたかったのは、譲歩ではなく、慧太がどこに住み、何を食べ、どんな朝を迎えたいかだった。

「私がいなくなったら、あなたの生活には何が残るの」

 答えられないまま、二人で申し込む予定だった内見は取り消された。

 彼女が選んだカーテンの見本と、家具の寸法を測ったメモだけが慧太の鞄に残った。彼は何度も「君の好きな方でいい」と言い、そのたび彼女が一人で二人分の生活を決めていた。

 慧太は「片帆」のカウンターへ座った。客はほかにいない。ジンソーダを一杯頼むと、店主は半分に切ったアボカドを鉄板へ伏せた。切り口がじゅうっと鳴り、醤油の焦げる匂いに山葵の青い香りが混じる。外側は熱く色づき、種の跡に近い部分には冷たさが残った。

 店主が皿を置き、「焼けた方と、生に近い方、どっちからいく」と聞いた。

 慧太は反射的に「どちらでも」と言いかけ、箸を止めた。

「焼けた方から」

 自分の答えが、妙に大きく聞こえた。店主は褒めもせず、もう半分へ醤油を一滴落とした。慧太は、好みを口にすることさえ相手を困らせるわがままだと思っていたことに気づいた。選ばないことで、失敗の責任まで彼女へ渡していた。

 スマートフォンには、恋人と共有していた物件一覧が残っている。駅近、南向き、対面キッチン。ほとんど彼女の希望だった。慧太は共有を解除し、自分の通勤時間と家賃だけを条件に入れ直した。明日の夕方、古いが広い一室を内見する予約を取る。彼女が嫌った一階だった。

 選んだからといって、寂しくないわけではない。一人用の冷蔵庫を買う場面を想像すると、胸が縮んだ。彼女のマグカップもまだ棚にある。

 焼けた部分はねっとり熱く、中心へ進むほど青く冷たかった。同じ半分の中に二つの温度があり、慧太は今夜、どちらも自分で選んで食べた。