友達フォルダの行き先
「行きたい店は、友達フォルダに入れておいて」
戸川文乃と柴原彰人の共有地図には、そんな名前のリストがあった。
夜景の見える食堂、季節限定のパフェ、海沿いの小さな書店。どちらかが見つけるたび保存し、月に一度、一つずつ訪れた。二人で出かける理由を毎回考えなくても、フォルダが次の場所を決めてくれる。
それでも名前は《友達と行く店》だった。
訪れた店には、料理ではなく二人の短い感想が残った。《文乃は辛さ三まで》《彰人は窓側が好き》。地図というより、互いの扱い方を覚える記録になっていた。
彰人と並ぶ時間を好きだと認めながら、文乃はその一語を変えられなかった。関係を変えて、もし終われば、地図に残る百三十二個の印まで苦い記憶になる気がした。
地図アプリのサービス終了が発表された夜、二人はいつもの喫茶店でデータを整理した。
「全部、消えるんだって」
文乃が言うと、彰人は保存先を探しながらうなずいた。
「別のアプリへ移せる」
「名前もそのまま?」
「そのつもりだったけど」
彼は操作を止め、スマホを文乃へ向けた。新しい共有リストの名前欄には、《文乃と彰人が行く場所》と入力されている。
すでに最初の五件へ日付がついていた。来週土曜、次の金曜、その翌月の連休。まだ訪れていない印だけでなく、一度行った店にも《二回目》の予定がある。
「友達って、消していいの?」
文乃が尋ねると、彰人は答えず、テーブルの上へ手を置いた。開いた手のひらは、承認ボタンより分かりやすかった。
文乃は指を重ねる。彰人が絡め、もう片方の手で旧フォルダのデータを移す。二人が歩いた道も、食べたものも、一つも消えなかった。
文乃は新しいリストへ、自宅近くの朝食店を追加する。日時は明日の九時。参加者は二人。
「月に一度じゃなくなるよ」
「困る?」
「友達フォルダなら、困ったかも」
名前で呼び返すと、彰人の親指が文乃の手の甲をなぞった。
行きたい店は友達フォルダへ入れる約束だった。
そのフォルダがなくなる日、行き先を失ったのではなく、誰と行くかを初めて名前にした。