古いミシンの油

祖母の久良は、足踏みミシンを使っている。

孫の柊花は、学校の舞台衣装を直してもらうため、古い家へ持っていった。

裾が長く、歩くと踏む。久良は待ち針を打ち、足で板を踏んだ。ベルトが回り、針が規則正しく布を縫う。

「電気、使わないの?」

「私が電気」

ミシンはときどき重くなった。久良が小瓶から油を一滴差すと、金属の音が滑らかになる。

衣装は青いドレスだった。黒いミシンに布を通すと、湖が細い橋の下を流れるように見える。

裾上げを終え、柊花が着て回る。長さはちょうどよかった。

「おばあちゃんも舞台衣装を作ったことある?」

久良は若い頃、町の劇団で衣装を縫っていたという。台本も写真も残っていない。ただミシンだけが同じだった。

公演後、衣装には舞台の埃と汗の匂いがついた。返却前に、ほつれた場所をもう一度縫ってもらう。

今度は柊花が足踏みを担当した。速すぎると糸がつれ、遅いと針が止まる。祖母の手の動きに合わせて踏む。

「私が電気」と柊花が言うと、久良が笑った。

修理を終えたミシンを布で拭く。油と古い木、青い衣装に残る舞台化粧の匂いがした。

ミシンは止まっても、足板だけがしばらく揺れ、二人の速さを覚えているようだった。

公演の翌年、柊花は自分のスカートをミシンで縫った。久良は手を出さず、糸が外れたときだけ止める。足板の速さが安定すると、黒い機械は低く滑らかな音を立てた。完成した裾は一か所だけ曲がったが、直さず履くことにした。祖母と町を歩くと、布が足へ触れるたび舞台衣装の青を思い出す。帰宅後、ミシンへ油を一滴差す。金属と古い木の匂いの中に、新しい布の糊の香りが加わった。

久良は余った青布で、ミシンの新しい覆いを縫った。柊花が足を踏み、祖母が布を送る。黒い機械を青く包むと、止まったあとの部屋にも舞台の湖のような色が残った。

覆いの内側には、油と二人の手の温度がこもった。